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江戸を守るもうひとつの要所、寛永寺

 歩け歩けキャンペーン三日目。昨日は増上寺に行ったが、今日訪れたのは徳川将軍家のもうひとつの菩提寺、東叡山寛永寺。いまはひっそりと人出も少ないが、一時は現在の上野公園のほぼ全域が、寛永寺の旧境内だったとのこと。今も上野公園には、根本中堂、五重塔、清水観音堂、東照宮などがあるが、これもすべて境内にあったのだ。ちなみに、これらはすべて京都を模して作ったものだという。不忍池は、滋賀の琵琶湖を模して配したそうで、いわば京都をテーマとしたテーマパークのようなものだったのだろうと思った。一時はそれほど広大な菩提寺だった寛永寺だが、1945年の空襲で大部分が焼失した。現在は、焼け残った建築物だけが残っているという。

 ここで特に印象的だったのは、門を入ってすぐ右にある阿弥陀堂。その中には阿弥陀如来と、地蔵菩薩、虚空蔵菩薩があった。あまり人の手が加えられていない、野趣あふれるその姿はとても迫力があり、思わず生唾をごくりと飲み込んだ。「畏れ」という感情は、こういったものなのかと思った。

 ところで、例のたけしの番組によると、寛永寺は徳川家綱、徳川綱吉、徳川家治、徳川家斉、徳川家定、徳川慶喜の6名が眠る霊廟で、増上寺の6名とあわせれば12名になる。こちらも皆、江戸城のほうを向いて座ったままの形で埋葬されているのだとか。増上寺と寛永寺の両方で江戸城を囲み、結界を張って守るという形を考案したのは、当時の陰陽師だそうで。つまりは、やはりここもパワースポットなのである。本日の歩数は、9800歩。

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