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昔はこうじゃなかったんだけどなぁ

 今日は愚痴を少し。最近よく、思うこと。丁寧に仕事する、受け取る側のことを考えて仕事するということの「価値」が、この国ではどんどん薄れてきているような気がする。昔は、こうじゃなかったんだよなぁ。

 一言でいうと、「情がなくなった」ということなのだろうか。たとえ仕事上の付き合いでも、「ここを少しこうしておけば、受け取ったときに相手が助かるだろうから、ちょっとやっとくか」とか、「いつも頑張ってもらっているのだから、もう少し待遇を考えなければ」なんてこと、昔は普通にあったような気がする。実際、私が若い頃は、そんな温かい気持ちや言葉にずっと助けられてきたし、世の中はそういうものだと思っていた。

 それが、最近はどうだろう。自分(自社)の利益にならないことは、一切やらない。少しでも自分(自社)が得することなら、相手がどれだけ苦労しようと構わない。そんなことが、「ビジネスなのだから、当たり前」と言われるような世の中になってしまった。

 断っておくが、うちの取引先がそうだということではない。いろんな知り合いから聞いた話を総合すると、どうやらそういうことらしいのだ。しかし、私はどうしても、それがその人たちの本意ではないという気がしてならない。一人一人の気持ちは、昔とさほど違っていないだろうと思う。負担をかけた相手には「申し訳ない」と思うだろうし、助けられたら「ありがとう!」と言いたくなるはずだ。しかし、それがなかなかできない環境にあるのではないか。

 夜眠る前、ふと相方に聞いてみた。「自分の会社が決めた方針と、自分が正しいと思っていることが違っていることってあるよね。そういう時、多くの人はどうするの。自分の気持ちをごまかして、会社の判断に従うの。それとも、自分の気持ちを自覚しつつ、ギャップを感じながらも会社の方針に従うの」。彼はしばらく考えたあと、「そのことをわかっていても、あえて気づかないようにしているのではないかな。でないと、自分が壊れてしまうから」と答えた。

 では、見ないふりをすれば、自分を守ることができるのだろうか。私は、そうは思わない。不本意な気持ちを押し隠したまま日々を過ごしているうちに、目に見えないものが少しずつ体を蝕んでいくような気がする。実際、そんな例を、私は昨年、実に多く目の当たりにしてきた。そういう人をこれ以上増やしたくないと、心から思う。真面目で心優しい人が笑って生きていける、そういう社会でなければ嫌だ。

コメント (5)

タカヒロ:

真花さんの論点とずれちゃうかもしれませんが、僕の昔はこうじゃなかったんだけどなぁ...
僕は本が好きで本屋によく通ってますが、本屋にいるのが苦痛なのです。
理由は若い人の立ち読みした本を元に戻さずに、投げるように山積みに放置する。
今時の若者は...という偏見ではなく、自分の鞄を商品である本の上にのせて
立ち読みしている年配の方々...若いカップルの♀が雑誌を支えて♂がケータイで撮影...
といったシーンに撃沈する日々です。
見苦しい話題で限がないのですが総括すると、自分勝手な自分に気付いてないくせに
他人の揚げ足をとり一方通行に批判する嫌な世の中になってしまいました。
自身では同級生とドライブする機会があって、障害者用スペースに駐車しようとしたのを
やんわり注意したら、逆恨みされ距離を置かれたりと難しい世の中です。
でも僕は些細なことかもしれませんが、街中で譲り合いながらお互いに挨拶しあう時に
全ての人が悪いのではなくて気持ち心の優しい人たちがいると思うようにしてます。
周りが悪いから馬鹿馬鹿しいとか他人の責任にして身勝手を正当化するようなことが無い様に
僕だけでなく相手の方にも同じスピリットを継続し続けてほしいと思います。
簡潔にしようとしたのに長々と失礼しました。
真花さんポジティブに一日を大切に生きましょう♪

世知辛い世の中ですね、と言ってしまえばそれまでなんですが。
それでは済まないくらい、人の心、というか個人だけではない「人心」に異常が起きているような気もします。

だからといって、それに対してなにかできるか、と言えばそうではなく。
だからといって、黙っているのもいたたまれない。
それがまた、ココロに不定愁訴を引き起こすような。

真花さんのおっしゃっていることもオイラのコメントも、どちらかといえば「気持ちの持ちよう」に関してですが。
見ないフリをすることで、少しずつむしばまれていく、というのは。
もっと大きな社会現象に繋がる脅威ですね。
例えば、太平洋戦争前の軍部の暴走とか。
ああいった「手におえない暴走」がどこかではじまっているのかな、と思うこともあり、訳の分からない不安があるですよ。

タカヒロさん>>
障害者用スペースへの駐車の件、お友達に注意したんでしょ?
しかもやんわりと。
それで逆恨みされたり距離を置かれたりしたら、たまったものではありませんね。いや、むしろそういう人とは距離を置いてもらった方がいいのかも。

上を向いて歩こう、という歌があったけど。
前を向いて行きたい、です。


真花:

タカヒロさん

コメントありがとうございます。
論点、全然ずれていません。そうそう、そういう話です。

要は、想像力だと思うんですよね。
その人がどう思うか、それを考える想像力と気持ちのゆとり。

本を散らかしておくと、あとの人が困るということが
彼らには、ちゃんとわかっているのでしょうか。
障害者用の駐車場に停車すると、障害者の人がそこに停められなくて
困ったことになるということが、想像できているのでしょうか。

想像できていて、それでもあえてやっているのであれば、
それはもうその人の主義主張だと思うので、なんともいえません。
でもおそらく多くの人は、それが想像できていないからやってしまうのでは。

だとしたら、それを知らなかったご自身さえも不幸ですよね。
あとでそのことに気づいたとき、恥ずかしかったり、つらかったり。
タカヒロさんのお友達は、まさにそう感じたからこそ
そのあと、タカヒロさんにあわせる顔がなかったのかもしれませんね。

真花:

おなら出ちゃっ太さん、いつもありがとうございます。
やっぱり、同じようなことを感じている人はいるんですね。
自分だけじゃなかったと、ちょっとほっとしています。

社会不安は、たしかにありますね。
メディアのあり方を見ても、同じことを思います。
政治家や芸能人のあげ足をとろうと躍起になっている報道番組
を見ていると、彼らはいったい日本をどうしたいと思って報道
しているのだろうと、不思議に思います。

自分がなぜこの行動をしているのか、
今自分が感じたことは何なのか、
これから何をしようとしているのか、
どこにむかおうとしているのか。

そういったことが、ちゃんとみんなわかっていたら、
もっといい世の中になれるのかもしれませんね。

タカヒロ:

おなら出ちゃっ太さん>>
真花さん>>
ありがとうございます。
物事をはっきりと言ってしまいがちな僕には、貴重なアドバイスでした。
今後も客観的な意見やアドバイスをいただければ幸いです☆

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