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殴られて思ったこと



 今日、某社での打ち合わせの帰り、ドトールでコーヒーを飲んでいたときのこと。同席していた知人の足が、通路を歩いていた人の足に当たったらしく、そのことが猛烈に気に入らなかったらしいその人は、突然知人につかみかかり、大きな声で怒鳴った。


 知人はすぐに謝ったけれど、相手はそれでも許さなかった。彼が、どんどんエスカレートしていく様を見ていて、これは危ないと思った私は、「間に見知らぬ女が入れば、まさか暴力沙汰にはならないだろう」と企んで二人の間に割って入ったが、どうやらこれが甘かったらしい。私はその人に殴られて、顔と手に怪我をしてしまった。


 ドトールの人が警察に通報し、すぐに警官が駆けつけたので、その場はどうにか収まった。まず、警官は各関係者にひとりずつついて、それぞれ名前や住所を聴き始めた。私についた警官は、若い新人さんのようだった。知人についたのは中堅層の人で、殴ってきた彼についたのは、かなり大柄の力のありそうな人だった。なるほどね…。


 私は、担当の警官に手持ちの名刺を渡し、念のため免許証も見せた。彼はそれを書き写し、名刺を返した後、「この後どうしますか?」と私に聞いた。私は、「どうしますか…って、どうすればいいんですか?」と反対に聞き返した。すると彼は、「あなたを殴った相手を告訴しますか?」と重ねて聞いてきた。


 そう言われて、初めてわかった。私は、この事件の被害者という立場なのだ。「告訴したら、どうなるんですか?」と聞くと、「彼は、逮捕されることになります。取調べをして…(このへんの記憶は、ちょっとあいまい)」とのこと。説明を終えた後、もう一度「どうします? 相手を訴えますか?」と聞かれ、とっさに「いえ、必要ないです」と答えた。


 これを聞いて、同席していた知人は「なんで!」と驚いた。「いや、もう全然平気だから。それより帰りたい」と答えると、彼は、それを「事なかれ主義」と批判した。…いや、でもそうじゃない。別にわたしは、面倒くさくてそういったわけでも、事が大きくなるのが嫌でそういったわけでもないんだけれど、「じゃ、なんで」と聞かれると、うまく説明できない。


 その後、どうしても訴えたいという彼を説得し、警察官のお三方にご挨拶して「じゃ、もう帰っていいですか」と聞くと、中でも一番身体が大きい警官が、「それであなたがいいのであれば、かまいません。ただ、相手の住所も名前も控えてあるので、あとで思い返して『許せない』と思ったら、すぐに連絡くださいね。わたしの名前は、××署の○○といいます」と言った。


 帰り道、知人は全く納得できないという様子で、「なんで、あれで終わりにしてしまうのか。このまま、負けたままで帰るなんて我慢ならない。そんなことをするから、ああゆう輩がどんどんのさばってくる」と言っていた。知人の意見にも、一理ある。というより、本当は彼のいうとおり、訴えるべきなのかもしれない。たぶん、そうするべきなのだろう。罪を憎んだら、それを罰するべきという理屈で考えたら、もちろんそれが正義なのだろう。…と、そこまでは理解はできるのだけれど、わたしはどうしても、そういう気持ちになれなかった。


 家に帰った後、私がなぜあんな行動をしたのか自分でも知っておきたくて、記憶を頼りに何度も考えてみた。そうすると、おぼろげながら自分の気持ちが見えてきた。それはつまり、こういうことだった。


 たとえば、殴った相手を訴えて、裁判で勝ったとしても、そこにはなんの喜びもない。相手に対して、「ざまあみろ」とも思わない。それどころか、多分私はとても疲弊して、ときに深く考え込んで、そしてきっと、少し後ろめたい気分になるのだろう。とても勝手すぎる考え方かもしれないけれど、わたしは、そんな気持ちを味わうのはいやだった。


 それに、本当のことをいうと。実は、私を殴ったあの男のことを、あまり憎いと思わなかったのだ。それはきっと、私がその男を止めようと間に入って彼の身体に触れたとき、なんとなく彼の気持ちがわかったような気がしたからかもしれない。なんというか…とても悲しい、苛立ちみたいなものが伝わってきた。警官から聞いたところによると、彼は身障者だったそうだ。だから、という訳ではないだろうけれど、生きていく上で多分いろんな目にあって、人を憎む気持ちが膨らんでしまったのかもしれない。


 警官と話をしているとき、ちらっとその男のほうを見た瞬間があった。そのときの彼の顔は、今でも忘れない。まるで彼のほうが殴られたかのように、とても痛そうな顔をしていた。そして、私が見ているのに気づくと、じっとこちらを見返した。その目は、とても静かだった。そのとき、こんな風に思った。…おそらく彼は、これから自分が訴えられると思ったのだろう。立派なスーツを着ていたから、きっとどこかの会社に勤めているビジネスマンに違いない。「訴えられたら、自分はこれからどうなるのだろう…」なんてことも、もしかすると思っていたかもしれない。


 結局、わたしは彼を訴えなかった。その判断に、賛成してくれる人は多くない。逆に「再犯を防ぐためにも、けじめをつけるべき」という意見が多かった。しかし、私はこう思う。罰で罪を戒める、という方法ばかりでなく、赦されることで自分を恥じて、二度と罪を犯さなくなる。きれい事のようだけど、そういうこともあるだろうと。


 つまり、旅人には北風ではなく太陽を、というやつだ。どんなシーンにもあてはまることではないと思うし、それこそケースバイケースだと思うけれど、今日の場合、彼は太陽を浴びてコートを脱ぐ人だというように感じた。風が吹けば吹くほど、彼の眉間の皺は深くなっていくだろう。そして、憎しみはさらに深まっていくだろう。


 この判断が、正しいかどうかはわからない。もしかすると、彼は今日も東京のどこかで誰かに因縁をつけ、大暴れしているのかもしれない。私がきちんと届けていれば、彼は二度と罪を犯さないかもしれない。だけど、こういう言い方もできる。彼が暴力を振るわなくするためにやるべきことは、罰を与えることだけじゃない。彼自身が自分を「恥ずかしい」と思い、もう二度とそんな恥ずかしい気持ちにならないようにしようと決意するチャンスを与えることも、再犯を防ぐひとつの方法なんじゃないか。


 今回のことのように、トラブルは、いつどこから降ってくるかわからない。そりゃあ、何もないにこしたことはないけれど、なにかあって、はじめて気づくこともある。 自分の身に起きることは、すべて必要なことなのだそうだ。とすれば、今回のトラブルも、私になんらかを気づかせるために起こったことなのかもしれない。ハワイに伝わる伝統的なヒーリング「Ho`oponopono(ホ・オポノポノ)」では、次のことが大切だと言っている。私も、今回のトラブルを素直に受け入れて、じっくり向かい合い、自分の責任で対処していける人間になりたい。



  • すべてを感謝し、すべてを愛し、謙虚で、すべての責任をとり、そしてすべてを楽しめる人間になること

  • 自分に来る問題に恋をすること

  • 過去に執着せず心をゼロにすること

コメント (13)

ひさBa:

はじめまして。

いつも拝見させていただいております(以前Palmを使っていた名残で…最近はPDAすら使ってませんが)。

今回の内容を読んで、初めて「なんか反応しなきゃ」と想い、勇気を出して書きました。なんというか…こういっちゃうと単純に聴こえるかもしれないけど「そうあるべきだ」と。賛否両論(否の方が多そうですが)あると思いますが、僕は「賛」派です。

唐突で乱筆ですいません。お邪魔しました。では。

真希:

真花さん、お久しぶりです。
もう何年も前にお世話になったのですが、覚えて下さっているでしょうか?

今回のお話・・・。
きっと私は、知人がそういう事件(事故?)に巻き込まれても、
自分が割って入るのではなく、第三者に助けを求めていたと思います。
真花さんのような判断はきっと出来ないでしょう・・・。

その一瞬の判断も、告訴しなかった判断も、
どちらもとても勇気の要ることだと思います。

告訴する、しないは、どちらが正しいのか、答えが出ないと思うので。

タカヒロ:

恥めまして。
W-ZERO3を持ってた時に検索でたどり着いてから拝見してます。
共通の話題で何度か書き込もうかと思いつつ読むだけでしたが、
今回は書かずにはいられませんでした。
まずは大事に至らず、コメントされてる姿に安心しました。
賛否はあると思いますが、告訴しないことを
「事なかれ主義」の一言ではすまないと思います。
裁判にかかる精神的な苦痛や時間、逆恨みの可能性などを考えると、
早い段階で一線を引くことも判断の一つで、勝負ではないと思います。
警察もその後の心変わりにも対応してくれるようですし、
引きずりたくないかもしれませんが、決断を急がなくてもとも思います。
大怪我されてはいないようですが、時間が経過してから不調になる事もあるので
慎重に身体を大事にしてくださいな。
初書き込みがこのような話題になってしまいましたが、インデアンカレーなど
食い物ネタでコメントできたらと思ってます。
失礼しました☆

mica:

>ひさBaさん

はじめまして。コメントしていただいて、ありがとうございます。お気持ちも、とてもありがたく思います。ストレートな言葉の中に、ひさBaさんの優しさがいっぱい詰まっていますね^^
なにか正しい、という問題ではないと思っています。ただ、自分はこうせざるを得なかった、その理由はなんだったのかを知りたくて、書いた日記でした。

mica:

>真希さん

お久しぶりです。もちろん、覚えていますよ!あれから、お元気でしたか?もう大丈夫ですか?
そうですね、悲しいことに、こういうことは日常茶飯事で、たまたまそこに居合わせてしまった人は、そのときなんらかの判断をしなければなりません。自分だったらどうだろうと考えてみるのは、きっと無駄なことではないと思います。真希さんには、真希さんなりの答えがあると思います。

mica:

>タカヒロさん

はじめまして!インデアンカレー、お好きですか?あれは、ヤバいですよね。絶対、なんか入ってますね(笑)。ぜひそちらにもコメントを!
ご心配、ありがとうございます。直後は大丈夫だと思ったのですが、やっぱり時間が経つと、あちこち痛んできますね。日頃の運動不足を痛感しています…。もっと鍛えておかないと。

鉄火な真花さんも素敵ですが、何かあったらと思うと心配です(>_<)。アロマオイル(あら塩とかいいかも)を入れたお風呂にゆっくり入ってリラックス&デトックスしてくださいませ。打撲の症状があれば、整形外科で診察を受けて塗り薬を処方してもらう手もありますよ。

ゆーま:

あららら、大丈夫ですか!?心配してました。
それにしても、大変でしたね...。まずは大きな怪我などしなくてほんとよかった...。
私も仕事で「殴るぞ」「やってやるからな」とか言われることがありますが、最近はほんとに危ないですね。以前の勤務地で警察呼んだことありました。
まずは後遺症など出ないことを祈るばかり。

mica:

>ayuおくさま〜

しばらくお会いしていませんねぇ。お話したいわぁ。次の収録は、まだだろうか? ご心配ありがとう。やっぱりお風呂ですか。私もなんとなくそんな気がして、せっせと入ってます。長引くようだったら、医者に相談してみますね。

mica:

>ゆーまさん

お見舞い、ありがとうございます。そうですね、この程度で済んでラッキーでした! ひと目見て、さほど危なそうな人ではなかったからこういう行動に出たのですが、それこそ武器を懐に忍ばせているような人だったら…ぞっとしますね。

紙魚子:

 最近は本当に簡単に危険なシチュエーションに遭遇してしまったり、ちょっとしたミスに対してありえないほど激怒されたりして、「なんで?」と思うことが頻繁ですよね。その後、大丈夫ですか?ちゃんと病院に行かれました? とにかく大事に至らなくて、まだしも、でした。
 ところで、私はこの記事を読んで、ああ真花さんらしい!と、ちょっと感激しちゃいました。20代のみかさんの素敵なとこが、そのまんまだなあ・・・って。
世間的な判断は置いといて、真花さん的判断としては、ストライクだったと私は思います。
 告訴は経済的にも時間的にも精神的にも、たいへんな消耗を伴うので、もし告訴したとしても、絶対後悔していたと思うし。逆に、どうしようもなく許せない! こんなひどいことは二度とあってはいけない!というときには、告訴すべきだとは思うけどね。この場合はちょっと違うような。
 もっとも真花さんらしい判断を直感的にされたことに対して、人間として洗練されたんだなあとさえ思います。でも、くれぐれも無茶はしないようにね! どうか、お大事に!

mica:

紙魚子さん、コメントありがとう。力強いメッセージ、本当に嬉しかった! きっと紙魚子さんが同じ立場になっても、同じことを思ったと思います。
そう、素敵かどうかは別にして、前にお会いしたときにお話した通り、たいして私、あの頃から変わってないんです。それがときに悩みだったり、「でもそれが私なんだから」と開き直ってみたり。
最近は、とっさに判断した後で「あれはどうしてそう思ったのだろう」と考えることが増えてきました。私らしいってどういうことか、きっと私が一番わかっていないんだと思います。
でも、これからは無茶はしないように気をつけます。なんたって、周囲の人に申し訳ないものね。

YOHKO:

大変なことがあったんですね。
先日お会いした際にお見舞いの言葉もおかけできず、ごめんなさいね。

色々な見方をされる人がいると思いますが、私の場合・・・
今回の判断をした真花さんだからこそ、
末永くお付き合いしたい。と私自身が無意識に思っている気がします。
(野生の勘、ってヤツでしょうか?笑)

相手の目を見て瞬間的に何かを感じ取ったり、
直感で今回のような行動・判断をするチカラ、素晴らしいと思います。
「Ho`oponopono(ホ・オポノポノ)」の言葉も、心に響きました。

最後に。真花さん、大好き!! これからも宜しくお願いします♪

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