今日はイベントの取材だった。外は35度。駅から会場まで16分ほど歩いただけで、汗がダラダラ止まらなくなった。
会場は真冬だった
ネッククーラーも帽子も日傘もハンディファンも、この暑さの前では気休めだった。
ただ、僕の荷物には長袖のシャツと上着も入っていた。外はこれだけ暑いのに、会場はきっと寒いくらい冷房が効いている。経験上、そうなることはわかっていたからだ。
案の定だった。会場で長袖に着替え、上着を羽織っても、まだ寒い。はっきり言って凍える温度だ。スタッフはスーツ姿で汗ひとつかいていないし、半袖のクールビズで涼しそうにしている人もいる。外は灼熱、中は極寒。同じ一日の中に、まるで違う季節が同居していた。
冷やしすぎじゃないか
そこまで書いておいてなんだが、ふと変な感じがした。外の35度は、ただの夏の暑さではない。温暖化で、年々おかしくなっている暑さだ。シベリアでは永久凍土が溶けて、閉じ込められていたマンモスが露出して腐り始めているという。溶けた氷が災害を起こしている場所もある。放っておけばもっとひどくなる、と誰もが感じている。
その世界で、室内をここまで冷やす意味はあるんだろうか。凍えるほど冷房を効かせて、僕は上着まで羽織っている。外の異常な暑さと、それを打ち消すための異常な寒さ。両方を回すために、また電気を使って、たぶんまた少し暑くなる。
温度調整が難しくなった、なんて呑気なことを考えていたが、そもそもこの寒さ自体が、どこか倒錯している気がする。快適さのつまみを、誰も止められないまま、めいっぱい回し続けているだけなんじゃないか。
長袖を持ってきた自分を褒めている場合ではないのかもしれない。