リュウジさんの動画から始まった
料理研究家ユーチューバーのリュウジさんの動画を見ていたら、新潟のバスセンターで有名な「黄色いカレー」の再現レシピを紹介していた。(https://www.youtube.com/watch?v=DrttVuhwb60)
作り方は、肉や野菜を切って煮て、小麦粉とラードで作ったルーにカレー粉や調味料を合わせるだけ。特別な技術は何もいらない。出来上がりは鮮やかな黄色のカレー。リュウジさんいわく、「昔の給食のカレーみたいな味」だという。
気になって早速作ってみた。野菜を煮る時間はかかるものの、トータル30分ほどで完成。食べてみると、たしかに懐かしい。うまく言葉にならないけれど、どこかで食べたことのある、あの感じ。
黄色いカレーと蕎麦屋さんの不思議な関係
この黄色いカレーを食べながら、ふと思い出したことがある。
入谷駅の近くにある蕎麦屋さんも、黄色いカレーを出すお店として知られていて、メディアに取り上げられたこともあるらしい。バスセンターのカレーも立ち食いそば屋だし、そのお店も蕎麦屋さん。なんとなく、蕎麦屋さんと黄色いカレーには縁があるのかもしれない。ウスターソースと、ちょっとチープな感じの福神漬けとの相性も抜群で、あの味にも近いものを感じた。
カレーっていろんな顔がある
リュウジさんの動画を見ていると、カレーのレシピは本当に多彩だと気づく。カレールーを使うもの、カレー粉だけで作るもの、一番シンプルなのは玉ねぎとトマト缶とカレー粉だけで美味しいカレーができてしまうもの。
これまでカレーといえば、「野菜を煮て、市販のルーを入れて、隠し味を少し加える」くらいのカスタマイズしかないと思っていた。でも、それは全然違った。
スパイスを一から調合してつくる人もいるし、素材の組み合わせや調理工程が変わるだけで、見た目も色も味もまったく別の料理になる。カレーというひとつの料理の中に、こんなに豊かな世界があるとは思っていなかった。作るのが楽しいし、食べると美味しい。そういう小さな驚きが、料理を続けるモチベーションになっている。
料理は、妻の入院がきっかけだった
我が家では料理を夫婦二人でつくることが多い。といっても、僕は気が利かないほうなのでメインを一生懸命つくる係で、妻は副菜や汁物を担当することが多い。お互いに声をかけながら、毎日の食事をつくっている。特別なことでもないし、今ではそれが自然になっている。
でも、こうなったのはそんなに昔の話ではない。
中学生のころは、男子が技術、女子が家庭科という完全に授業が分けられていた世代だった。包丁をまともに握ったことも、ほとんどなかった。台所は「自分の場所ではない」という感覚が、どこかにあったと思う。
転機になったのは、妻が肺炎で緊急入院したことだった。
それまでは、夫婦でなんとなく役割分担をしていた。料理は妻、みたいな暗黙のルールで回っていた。でも入院したとき、その生活がいとも簡単に崩れることを実感した。「苦手なことでも、自分でできないといけない。分業ではなく、一緒にやっていかないといけない。」そう強く思った。
最初は料理キットを試してみた。素材が届いて、手順に沿って作るだけ。そこで気づいたのは、料理の本質は「素材を切って、調味料で味付けして、煮る・焼く・揚げるという工程を踏む」ということだった。手順と分量さえわかればできる。それがわかったら、急に視界が開けた気がした。
クックパッドに登録して、レシピを見ながらコツコツ作るようになった。色々工夫しながら何年か続けるうちに、料理が「当たり前のこと」になっていた。
変化に備えるということ
最近、叔母さんが脳出血で倒れた。幸い後遺症はそれほど重くなく、少し麻痺は残るものの日常生活は続けられているという。それでも、これまでどおりの家事はなかなか難しく、娘さんや旦那さんが支えているらしい。大変だろうな、と思う。
でも、きっとこういう家庭は少なくないはずだ。
世界は常に動いていて、いつ何が起きるかはわからない。今の状態に最適化しすぎると、突然の変化に対応できなくなる。妻の入院で気づいたことも、叔母さんのニュースも、根っこにあるのは同じことだと思う。
ダイバーシティや持続可能性が重視されるようになってきた時代だけれど、それは社会の話だけではなくて、個人の暮らしにも当てはまるんじゃないかと感じる。「専門性を一点集中で高めれば安泰」という感覚は、少しずつ時代に合わなくなってきているのかもしれない。
料理ひとつとっても、こんなにいろいろなアプローチがある。黄色いカレーをつくりながら、そんなことをぼんやりと考えていた。