コーヒーを飲むとホッとする。寝る前に飲みたいがカフェインを摂ると睡眠の質が下がると聞いて、ずっと諦めていた、と妻は言う。確かに、カフェインには覚醒作用があり、就寝前に摂ると寝つきが悪くなったり、眠りが浅くなったりすることが知られている。それを避けたいという、至極まっとうな悩みだ。
そこで向かったのは、いつもコーヒー豆を買いに行く、入谷にある行きつけのコーヒーショップ「入谷珈琲豆店」だった。
デカフェの豆との出会い
いつも購入しているのは「鬼子母神ブレンド」。ディープローストで独特の深い苦みがあり、癖になる味だ。お店のなかを眺めていると、デカフェ用の豆があることに気づいた。試しに一袋買って飲んでみると、デカフェとは思えないほどしっかりとコーヒーの味がする。寝る前に飲んでも眠りが浅くなるような気配はなく、Apple Watchの睡眠スコアにも変化はなかった。
「これがデカフェ?」と思うほどの、ちゃんとしたコーヒーの味。
ただ、一つ気になることがあった。購入したデカフェの豆は、少し酸味のある仕上がりで、私たちが普段飲んでいるコーヒーとは印象が異なる。「いつも飲んでいるコーヒーに近い、深みのある味に仕上げてほしい」——そんな欲が出てきた。
カスタム焙煎という提案
店主に相談してみると、嬉しい答えが返ってきた。「焙煎のリクエストがあれば、1ロット(生豆1kg)単位で好みに合わせて焙煎できますよ」と。
このお店は焙煎まで自前でやっているため、世界各地の農園から輸入した豆をさまざまな焙煎度合いで仕上げて販売している。通常販売しているデカフェは浅めの焙煎だが、1kgまとめて購入すれば、好みの焙煎具合にオーダーできるというのだ。焙煎すると水分が飛んで重量が減るため、最低1kgという単位になる。
迷わず「鬼子母神ブレンドと同じ仕様で」とお願いした。翌日受け取りに行くと、焙煎後の重量で767gのデカフェのコーヒー豆ができあがっていた。
「これがデカフェ?」という驚き
家に帰って早速ハンドドリップで淹れてみると、いつも飲んでいるコーヒーにかなり近い。深みのある苦みがちゃんとある。これがカフェインなしで飲める豆だとは、信じられないほどだ。焙煎の度合いでこんなにも味が変わるのか、と改めて驚かされた。
以来、朝はカフェイン入りの普通のコーヒー、夕方以降はデカフェのコーヒーを飲むようにした。豆は冷凍しておいても味があまり落ちないそうで、4袋分のうち3袋は冷凍庫で保管している。これでしばらくは夜のコーヒーが楽しめそうだ。
自分好みにカスタマイズできる。ただそれだけのことなのに、満足度が格段に上がった。
北海道の物産展と、昔の魚屋さんのこと
そんなコーヒー体験をした数日後、たまたまデパートに寄ったら北海道の物産展をやっていた。ウニ、イカ、函館のラッキーピエロ、セイコーマートのガラナ……北海道には美味しいものが多くて、気分がかなり高まった。噂に聞く室蘭の焼き鳥も気になっていたので、期待しながら会場を回った。
結局購入したのは、ジンギスカン用の羊肉と手羽のザンギ、鮭の切り身、そしてサバの切り身。サバは開いたまま並べてあり、「フライパンで焼けるように4つに」と伝えると、その場でちょうどよい大きさに切り分けてくれた。
その切り分ける様子を見ていて、ふと昔のことを思い出した。子どもの頃の魚屋さんは、こんな感じだった。魚を店先に並べ、「煮物にしたい」「刺身で食べたい」と伝えると、それに合った切り方にしてくれた。「今日はこれが美味しいよ」と勧めてくれることもあった。
肉屋さんも同じだった。冷蔵庫に大きな肉の塊がぶら下がっていて、「生姜焼きにしたいから」と言えば、それに適した厚さに切り出して売ってくれた。
「カスタマイズ」は新しい概念ではなく、もともと買い物に備わっていた当たり前のことだったのかもしれない。
パックされた定量の商品を棚から取るだけになった今、あの頃の商売には「買う人のために最適な形で売る」という思想が自然に宿っていたように思う。
デカフェのコーヒー豆と、物産展のサバの切り身。小さな体験が二つ重なって、そんなことをぼんやりと考えた。