グランド・デザインをどう活かすか

ChatGPT

AIが急速に普及するなかで、「人間にしかできないこと」という問いを、あちこちで見かけるようになった。その問いに対し、創造性、共感、倫理的判断などなど、さまざまな答えが提示される。そこで私もこの問いを考えてみることにした。

AIは膨大なデータからパターンを見つけ、文章を生成し、画像を作り、コードを書く。与えられたタスクをこなす速度と精度は、すでに多くの領域で人間を超えている。スピードや精度で人間がAIを超えることはできないだろう。

では、(今のところ)AIができないことはないだろうか。たとえば、目的。AIは、人間が考えた目的を分析し、動く。しかし目的そのものを定めることはできない(繰り返すが、今のところ、だ)。「この仕事をなぜやるのか」「この組織はどこへ向かうのか」「この社会を、どんな状態にしたいのか」という抽象度の高い問いを提示するという行為は、まだ人間に任されている。

つまりAIは「手段の最適化」において圧倒的な力を持つが、特に抽象度の高い目的の設定においては人間に及ばない。

『失敗の本質』が教えてくれること

私がこう考えるようになったきっかけは、先日まで読んでいた本『失敗の本質』にある。太平洋戦争における日本軍の敗北を組織論の観点から分析した本書は、失敗の根本原因をこう指摘する。

「個々の作戦を有機的に結合し、戦争全体をできるだけ有利なうちに終結させるグランド・デザインが欠如していた」

本書によると、日本軍の個別の技術や戦術は世界水準にあった。零戦の性能は、当時世界最高水準だった。夜戦技術、魚雷の精度、兵士の練度が劣っていたわけではない。しかしそれらを束ねる大局的な設計図がなかった。これが個々の戦闘で勝ちながら戦争全体で負けるという、構造的な敗北を招いた原因のひとつである。

これを、AI時代の組織論として考えてみよう。個別タスクの最適化はAIが担えるが、全体をどこへ向かわせるか(=グランド・デザイン)は描けない。もし仮に描けたとしても、それが本当に組織の目的と合致しているかどうかはわからない。

グランド・デザインとは何か

グランド・デザインという言葉は、さまざまなシーンで使われる。本書で語られたグランド・デザインが意味しているのは、「終わり」を描く力だった。「この戦争をどう終わらせるか」「この事業をどういう状態で完了とするか」「この問題が解決したとき、世界はどう変わっているか」。終わりを具体的に描けるかどうかが、グランド・デザインの有無を決める。

本書が指摘するように、日本軍は「どう終わらせるか」を考慮していなかった。山本五十六でさえ「初め半年や一年は暴れてみせる。しかし二年三年となっては確信が持てない」と語っている。勝ち方は考えていたが、終わらせ方は描いていなかったのだ。

グランド・デザインを描くことが人間の仕事だと言っても、実際にその役割を担える人材は少ない。なぜか。一つは、不確実性への耐性だろう。終わりを描くということは、不確実な未来に賭けるということだ。外れるかもしれない。批判されるかもしれない。そのリスクを引き受けることを、人は避けたがる。

もう一つは、評価だろう。与えられた目標を達成する、ルールの中で成果を出す能力は可視化しやすく、評価しやすい。しかし「そもそもこの目標でいいのか」と問い直す能力は、評価されにくい。時に「空気を乱す」と見なされることもある。

グランド・デザインをどう活かすか

プロジェクトを動かすとき、どうやってグランド・デザインを活かせばいいか。

私が考えるのは、優先順位だ。そもそもこのプロジェクトはなにを目指しているのか。それがわかればグランド・デザインが明確になり、「どう終わらせるか」というイメージも見えてくる。そのイメージがあれば、プロジェクトを遂行する途中で「ゴールに向かっていない」と感じたときに方向転換を検討できるし、場合によっては撤退も選択肢に入る。その選択肢の中から、最も優先順位の高いものを選ぶことができる。

次に、そのグランド・デザインをメンバーで共有するということ。『失敗の本質』でたびたび問題視された要因のひとつに、コミュニケーション不全があった。お互いが考えているグランド・デザインを共有できないため独断で方向性を決めてしまい、その結果、失敗を招いたという事例は枚挙にいとまがない。どこに向かっているのか、どうなったときに引くのかということを握っておかなければ、選択を迫られるシーンで正しい選択をすることができない。

AIは道具として、これからさらに強力になっていく。しかし道具は、使う目的を自分では持てない。「何のために、どこへ向かって、この力を使うのか」という問いに取り組むのは、人間の仕事だ。それが、AI時代に人間が鍛えるべき、最も根本的なスキルではないか。

おまけ

現在、AIがどれほど重要なツールになっているかということについて、興味深い情報があったのでシェアしておく。「LLM断ち」というパワーワードが印象的だった。すでにそれほどまでにAIの存在は欠かせなくなっているということか。

4日間ChatGPT禁止──息をするようにAIを使う知的労働者10人の“LLM絶ち”実録日記

井上 真花(いのうえみか)

井上 真花(いのうえみか)

有限会社マイカ代表取締役。PDA博物館の初代館長。長崎県に生まれ、大阪、東京、三重を転々とし、現在は東京都台東区に在住。1994年にHP100LXと出会ったのをきかっけに、フリーライターとして雑誌、書籍などで執筆するようになり、1997年に上京して技術評論社に入社。その後再び独立し、2001年に「マイカ」を設立。主な業務は、一般誌や専門誌、業界紙や新聞、Web媒体などBtoCコンテンツ、および広告やカタログ、導入事例などBtoBコンテンツの制作。プライベートでは、井上円了哲学塾の第一期修了生として「哲学カフェ@神保町」の世話人、2020年以降は「なごテツ」のオンラインカフェの世話人を務める。趣味は考えること。

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