先日、タクシーに乗った際、運転手さんと業界について話す機会がありました。その言葉を聞きながら、この業界がここ数年で大きく変わってきたことを実感しました。
昔は「流し」の技術が仕事のすべてだった
かつてのタクシー業界では、街を流しながら客を探すのが当たり前でした。どのエリアの、どの時間帯に客がいるかを経験で嗅ぎ分ける——そうした「流しの技術」を磨くことが、ドライバーにとって最も重要なスキルだったそうです。
ところが今は違います。「GO」をはじめとする配車アプリの普及により、街を流す必要はほとんどなくなりました。客の方からアプリ経由で次々と仕事が入ってくる時代になったのです。
一日に30〜40件をこなす日も珍しくない、と彼は言います。信号待ちの間に次の配車が入り、客を降ろせばすぐに次の仕事が始まる。売上は確実に上がっています。しかしその代償として、「休憩」がほぼなくなってしまったというのです。
効率化は本当にwin-winなのか
「効率化」という言葉は、聞こえがいいものです。顧客にとっては待ち時間が短くなり、行き先を事前に指定でき、キャッシュレス決済も手軽になりました。ドライバー側も走行効率が上がり、収入増につながっています。一見すると、どちらにもメリットがあるように見えます。
しかし、現実はそれほど単純ではありません。
以前なら、客を降ろしてから次の客を見つけるまでのあいだに、少し休憩したり、トイレに立ち寄ったりする時間がありました。そうした小さな余白が積み重なることで、心身のリセットになっていたのでしょう。
今はその余白がありません。客を降ろして数分もしないうちに、次の配車通知が届きます。気がつけば朝から晩まで動きっぱなし。まとまった休憩のないまま、一日が終わってしまうのです。
さらに厄介なのが、アルゴリズムによる仕事の割り振りです。ドライバー自身が仕事を選ぶ余地はほとんどなく、断ったり遅刻したりすれば評価がすぐに下がります。ナビの指示に従って走っても「最短ルートではない」とクレームが入ることもあるといいます。長時間労働に加え、こうしたプレッシャーを受け続けることの負担は、決して小さくないと感じました。
個人の工夫が消えていく
かつては、同じ時間働いても、ドライバーによって稼ぎに差がありました。穴場のエリアを知っている、常連客との信頼関係がある、効率的なルートを熟知している——そうした個人の工夫と経験が、収入の差に直結していたのです。
「今日はこのエリアで勝負しよう」「あのお客さんに気に入ってもらえたから、また指名されるかも」。そんな自分なりの戦略を立てる楽しさも、仕事の一部でした。
ところが配車アプリは、そうした個人差を均質化していきます。ルートはシステムが提示し、客の情報もデータとして与えられる。求められるのは、個の工夫よりも「いかに多く、いかに速く配車をこなすか」。働き方が「工夫」から「効率」へと塗り替えられていくのです。
自動運転という、現実の脅威
こうした効率化が進む先に、さらに大きな変化が近づいています。自動運転です。
配車、決済、ルート選定がすべてシステムで管理される世界では、人間のドライバーに残された役割は「運転そのもの」だけになります。そしてその運転すら自動化されたとき、人間の出番はどこにあるのでしょうか。
配車アプリによって業務が標準化され、膨大なデータが蓄積された現在の環境は、皮肉なことに自動運転への移行をしやすくする土台にもなっています。効率化だけで差別化してきたビジネスモデルは、自動運転が普及した時点で根底から問われることになるかもしれません。
「駄菓子タクシー」が示すもの
ここで思い出すのが「駄菓子タクシー」の存在です。
以前、たまたま乗車したことがあります。このタクシーでは、乗客に駄菓子がふるまわれます。ただ目的地に運ぶだけでなく、小さな驚きや喜びを届けるサービス。数年前の体験にもかかわらず、今でも鮮明に覚えているほどのインパクトがありました。
このタクシーが示しているのは、自動化されにくい仕事の姿です。運転手は「運ぶ」という機能だけでなく、接客のセンスや気配り、遊び心ある演出で乗客を喜ばせています。そうした「人間にしかできない付加価値」こそが、標準化されたビジネスモデルの中でも差別化を可能にするのです。
自動運転が普及しても、人が人に提供できるサービスはなくならない。「駄菓子タクシー」は、そのことをシンプルに教えてくれています。
配車アプリがもたらした恩恵は確かです。売上は上がり、業務効率も改善された。しかしその一方で、「休憩がとれない」「疲労が蓄積する」「働き方の選択肢が狭まる」という問題も生まれています。そして将来的には、自動運転が業界の構造そのものを変えるかもしれない。こうした課題は、タクシー業界に限らず、さまざまな分野で共通して起きていくことでしょう。
テクノロジーの進化と向き合いながらも、人が安全に、誇りをもって働ける環境をどう守るか。その問いは、私たちIT・情報業界にとっても、決して他人事ではないはずです。