井上です。実は絵画を鑑賞するのが苦手です。見るだけなら簡単ですが、その絵を見てなにを感じたかと聞かれると困ってしまいます。なにかを感じなくちゃと意気込みすぎるのかもしれません。

学生時代、友人と一緒にクレーの絵を見にいったことがあります。絵を見ながら、彼女がこんなことを言いました。「もしこのなかで一点だけもらえるとしたら、どの絵がいい?」。私が「その絵はどこに飾るの?」と聞くと、彼女は「寝室にしよう」と答えたんです。

寝室に飾る絵を選ぶとなると、慎重にならなければなりません。朝起きてすぐに目に入る位置に飾るのであれば、なおさらです。嫌いな絵より好きな絵のほうがいいのは当たり前ですが、あまり刺激的な作品は適しません。夜中に目覚めてしまったとき、ドキッとしてしまうような絵は避けたいところでしょう。

そんなことを考えながらゆっくり場内を進むと、この「歩行」という絵がありました。単純な構成と優しい色合いに惹かれましたが、特筆すべきはキャンバスからはみだしそうなほど大きく描かれているチャーミングな人物です。まん丸な目を見開きながら短い足を精一杯伸ばし、力強い一歩を踏み出している姿が愛らしく、私は一目でこの絵に心惹かれました。

「この絵がいい」

彼女にそう伝えると、大きく頷きました。「うん、いいね。朝起きてすぐにこの絵を見ると、元気が出そう」。苦手意識を克服して難題に答えられた満足感と、大好きな絵を見つけられた喜びを感じた瞬間でした。

それからン十年経ちますが、私の寝室にはまだこの絵が飾られていません。

井上 真花(いのうえみか)インタビュアー

投稿者プロフィール

有限会社マイカ代表取締役。PDA博物館の初代館長。日本冒険作家クラブ会員。

長崎県に生まれ、大阪、東京、三重を転々とし、現在は東京都台東区に在住。1994年にHP100LXと出会ったのをきかっけに、フリーライターとして雑誌、書籍などで執筆するようになり、1997年に上京して技術評論社に入社。その後再び独立し、2001年に「マイカ」を設立。

主な業務は、一般誌や専門誌、業界紙や新聞、Web媒体などBtoCコンテンツ、および広告やカタログ、導入事例などBtoBコンテンツの制作。

プライベートでは、井上円了哲学塾の第一期修了生として「哲学カフェ@神保町」の世話人、2020年以降は「なごテツ」のオンラインカフェの世話人を務める。趣味は考えること。ライフワークは「1000人に会いたいプロジェクト」

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