【#0003】「見えないけど見える」写真家、視覚障害のある西尾さん

私が日頃お世話になっている「西尾はり灸マッサージ治療室」の西尾さんは、視覚障害者。しかし彼のブログには、ご自身で撮影された写真が掲載されています。不思議に思って「誰かに撮ってもらっているんですか?」と尋ねたところ、「いや、自分で撮っていますよ」という答えが。どういうことだろう?と不思議に思い、直撃取材してみました。

井上 ブログ拝見しました。写真がきれいですね。西尾さんは視覚に障害があるのに、なぜ写真を撮ろうと思ったんですか?

西尾 写真家の尾崎大輔さんが視覚障害者向けの写真教室を開いていて、そこに参加したんです。ボクは中途失明で、20代の頃は見えていたんですが、その頃少しだけカメラをやっていました。30代後半に視力を失って、もうカメラで写真を撮るなんてことできないと思っていたのですが、尾崎さんの教室でやってみたらとても楽しくて、これならやれるなと。

井上 教室ではどんな風に撮影していたんですか。

西尾 目が見える人に風景を言葉で説明してもらって、その風景をイメージしながらシャッターを切る。そのとき撮った写真は、比較的大きい木の葉の中心に虫食いの穴が空いていて、そこから向こうの景色が見えているというもの。これが、とてもいい写真だったんです。

井上 西尾さんは、写真を撮るときも、撮った写真も、自分の目で見ることはできないんですよね。それでも、いい写真だとわかるんですか?

西尾 はい。同行者が写真を見ながら「ここが青、ここが緑」と説明し、それを聞きながら頭の中で再現していくと、だんだん見えてくる。目が見えている頃より今のほうが、ちゃんとイメージできるようになった気がします

井上 今はガイドヘルパーさんと一緒に撮影しているんですね。一緒に行く人によって、撮れる写真は違いますか?

西尾 違いますね。最近は36才のヘルパーさんと一緒に撮影に行きますが、彼としゃべりながら、彼の目を通して見た風景を頭の中に描いて写真を撮る。そうすると、おのずと彼の感覚が混じってきます。それもまた、写真を楽しむ要素のひとつ。もしかすると、ガイドさんと話しながら一緒に写真を撮るという作業そのものが楽しいのかもしれませんね。

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西尾はり治療院に飾られている西尾さんの作品。中には西尾さんご自身のポートレートも

西尾 フィルムカメラで撮った写真をプリントしても、視覚障害者にとってはただの平らな紙。撮ったあとに管理することはできません。でもデジタルカメラは、パソコンを使って写真を管理できる。実は、これがとても大事なポイントなんです。それができなければ、写真を撮り続けることはできなかったかもしれない。

ボクは、撮影した写真をパソコンに取り込み、タイトルを付けて保存します。このとき、目が見える人に写真の印象を説明してもらって、それをファイル名にコメントとして入れておきます。そうすると、自分のイメージがさらにはっきりしますし、あとで管理するときも思い出しやすくなります。

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パソコンで写真を確認する西尾さん。カーソルを移動させると、音声読み上げ機能でファイル名が読み上げられていく

井上 ところで、先日NHKで「音響式信号機は夜間や早朝に音がならなくなる。そのため、早朝に視覚障害の男性が車にはねられ死亡するという事故が起きた」という報道がありました。これについて、西尾さんはどう思いますか?

西尾 怖いですね。音響式信号機がない交差点もありますが、その場合は人が動き出す気配で「今、青になった」と判断し、横断歩道をわたるようにしています。しかし夜間だと人が少ないため、いつ青になったかがわからない。むしろ、昼間より夜のほうが、音を鳴らしてほしいぐらいです

最近は、ボタンを押せば音響ガイドが使える信号もありますが、あれは誰も使っていないと思いますよ。ボタンを押すには、ボタンがある場所に行かなければならない。しかし、たいていは信号の下にあるから、その前には人がいることが多い。そこに行こうとすると、つい人を押してしまうことになるかもしれない。それが怖いから、ボタンを押すのを諦めてしまう。だから利用されないんです。

それなら、視覚障害者が近づいたときに自動で検知し、音声ガイドがオンになればいい。今はみんなスマホを持っているんだから、視覚障害者向けのアプリを用意し、そのアプリが入っている人が近づいてきたら作動するというような仕組みにすれば、ボタンを押さなくてもよくなるのではないでしょうか。

井上 スマホの通信機能を利用するんですね。それは面白い!

西尾 この仕組みは、ほかでも使えますよ。たとえばトイレ。よく駅のトイレでは、音声ガイドがずっと「左側は男性用トイレ、右側は女性用トイレ……」としゃべっていますよね。あれ、うるさいと思いませんか? そうじゃなくて、スマホに視覚障害者向けのアプリを入れた人が近づいてくれば、そのときだけしゃべるようにすればいい。この仕組みは、わりと簡単に作れるのではないかと思います

とはいえ、視覚障害者はマイノリティーなので、社会全体をそこに併せて変えていくというのは無理がある。なにをするにもコストはかかりますから、マイノリティーのためにそれをするかどうかは判断が難しい。ボクに障害がなければ、「そんなの必要ない」と思うでしょうし。難しい問題だと思いますよ。

井上 SNSで「白い杖をついているのにスマホを見ているなんておかしい」というコメントを見かけたんですが、あれはどういうことなんでしょうか。

西尾 白い杖をついているから全盲だと思う人が多いようですが、弱視でも白い杖を使います

道路交通法で「目が見えない者(目が見えない者に準ずる者を含む)は、道路を通行するときは、政令で定めるつえを携え、又は政令で定める盲導犬を連れていなければならない」と定められていて、この「目が見えない者に準ずる者=視覚障害者」は「弱視」を含みます。

ボク自身、視野欠損があった時期がありました。歩くのは不自由でしたがスマホの画面は見えました。ですが、人によっては「目が見えないなんて嘘じゃないか」と嫌味を言われることもあるので、外では使わないようにしていました。

井上 そんなのおかしいですね。視力にハンディがあるから、スマホで調べておきたいこともあるはずなのに。

西尾 たしかにそうなんですよね。ただ一部には、障害であることを周囲にふりかざして権利を強要してしまうような人もいます。

たとえば盲導犬を連れた人が入店を拒否されたとき、そのお店に対して「盲導犬はふつうの犬とは違う」とか「障碍者を差別している」などとSNSでお店の名前を公表し、まるで悪者であるかのように攻撃する人がいます。

健常者も障碍者も、共にふつうに暮らせる社会を求めるのであれば、そこに「どうしても犬を好きになれない人」も多くいるのがふつうの社会。ですから、それを「悪だ」と決めつけると、自分の首を自分でしめてしまうことになりかねません。

障害や盲導犬への理解を広めてゆくことは大切なことですが、やり方を間違えると、一番大切なものを失ってしまう可能性もあるのではないでしょうか。

西尾さんが出演したNHK「バリバラ」の放送内容はこちら

www6.nhk.or.jp

井上 真花(いのうえみか)インタビュアー

投稿者プロフィール

有限会社マイカ代表取締役。PDA博物館の初代館長。日本冒険作家クラブ会員。

長崎県に生まれ、大阪、東京、三重を転々とし、現在は東京都台東区に在住。1994年にHP100LXと出会ったのをきかっけに、フリーライターとして雑誌、書籍などで執筆するようになり、1997年に上京して技術評論社に入社。その後再び独立し、2001年に「マイカ」を設立。

主な業務は、一般誌や専門誌、業界紙や新聞、Web媒体などBtoCコンテンツ、および広告やカタログ、導入事例などBtoBコンテンツの制作。

プライベートでは、井上円了哲学塾の第一期修了生として「哲学カフェ@神保町」の世話人、2020年以降は「なごテツ」のオンラインカフェの世話人を務める。趣味は考えること。ライフワークは「1000人に会いたいプロジェクト」

井上真花の公式ホームページはこちら

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