一人旅の行き先は、倉敷。岡山駅を出発し、伯備線に揺られること十数分。たった4駅で、あっという間に倉敷に到着した。岡山と倉敷がこんなに近かったなんて、知らなかった。やっぱり現地に足を運ばないとわからないことはある。
どこを切り取っても絵になる「倉敷美観地区」
まずは倉敷美観地区へ。川沿いに続く柳並木と、白壁の蔵屋敷。どこを撮っても絵になる風景の中を、気の向くままに散策した。

まずは「大原美術館」へ
しばらく歩くと、今回のメインイベントである「大原美術館」へ到着。日本初の私立西洋美術館として名高いこの美術館は、平日の昼間ということもあり、館内は静かだった。
お目当ては、エル・グレコの『受胎告知』。実はこの作品、2026年4月の正式な再展示を前に、現在は「修復後初公開 ―プレ再展示―」という特別な企画が行われている。修復を経て蘇ったのは、描かれた当初に限りなく近い姿を取り戻したマリアと天使。会場では修復作業の詳細を伝える動画も放映されており、「絵画修復」という仕事の奥深さにも触れることができた。
そのあと、モネの『睡蓮』や、光の表現が素晴らしい『積みわら』も鑑賞。どちらも素晴らしかったが、個人的に強く惹かれたのは、以下の作品たち。
- フレデリック:『万有は死に帰す、されど神の愛は蛮勇をして蘇らしめん』
- ベル:『慟哭』
- 桂ゆき:『くらげ』
- アルベルト・ジャコメッティ:『キュビズム的コンポジション男』
カンディンスキーやモジリアニは以前から好きだったので、じっくりと堪能。最後はミュージアムショップで図録と絵葉書を購入した。自分のペースで深く作品と向き合える、贅沢な時間だった。
「工芸・東洋館」は「音の館」?
続いて足を運んだのは、同じ敷地内にある「工芸・東洋館」。
河井寛次郎や棟方志功の作品も素晴らしかったが、私が何より驚いたのは、この建物そのもの。特に「床」には、びっくりした。濱田庄司や河井寛次郎の作品が並ぶ1階の床は、なんと木のレンガが敷き詰められ、歩くたびに「ポコポコ」と小さな音が鳴る。歩いているだけで楽しい気分になった。
河井寛次郎室のある2階へ上がると、今度は「朝鮮張り」という手法の床が。1枚板を浮かせて貼っているため、歩くと「ぎゅうぎゅう」と激しい音が鳴り響く。「これ、崩れ落ちないかな…?」と、少しスリルを感じるほどだった。
最後の部屋で出会ったのは、「石造如来及両脇侍立像」。中国の北魏末期(520~524年頃)に造られたとされる石仏だ。かつては4mを超えていたそうで、現在は約2.5mだが、その大きな佇まいには思わずドキッとさせられた。痩身で硬直な姿勢や、古拙的な微笑。遥か昔、大陸の人々が祈りを捧げた姿に思いを馳せた。
「語らい座 大原本邸」で思索する
大原美術館を出た後、向かい側にある大原家の旧別邸「語らい座 大原本邸」へ。
ここで印象的だったのは、大原家八代・大原總一郎氏の蔵書だ。その数、なんと約8000冊。これらの本を全部読んだというのだから、驚きである。哲学者になりたかったという彼が集めた哲学書の多さに、実業家としての顔とは違う一面を見た気がした。

最後に訪れたのは、彼が好きだったという離れ座敷の「思索の間」。座敷から眺める庭は、紅葉がうっとりするほど美しく、時間を忘れて見入ってしまった。

青一色の世界「デニムストリート」
大原ワールドを堪能した後は、少し趣向を変えて「デニムストリート」へ。国産ジーンズ発祥の地・児島にちなんだショップが並ぶ通りだ。記念に何か購入しようと思ったが、さすが本場のデニム。2〜3万円というお値段を見て、今回は断念した。
テイクアウトコーナーには、ラムネ味の「デニムソフト」や「デニムまん」など、徹底して「青」にこだわった軽食が売られていた。多くの観光客がその青いグルメを楽しんでいたが、私はお腹がいっぱいだったのでパス。
そのあと商店街を抜け、倉敷駅へ。そこから今度は山陽線で岡山へと向かった。たった数時間の滞在だったが、修復された名画から床の音、鮮やかな紅葉の庭まで、五感をフルに使った濃密なプチトリップとなった。