【#0040】 哲学は“ひらかれた対話”で生きる——安本志帆さんに聞く「哲学プラクティス」の可能性

1000人に会いたい PJ

9月20日と21日に開催される「第11回哲学プラクティス連絡会大会」。哲学カフェや子どもの哲学など、対話を通して哲学的な探究を行う実践者や研究者、参加者などが一同に会す、お祭りのような集まりの場です。今回のテーマは、「〈ひらかれた場〉って言うけれど、誰に? 何に? どうやって?」。そこで大会委員長である安本志帆さんに、「哲学プラクティス」とは何か、そしてどのように“ひらかれた場”をつくっていくのかについてお話を伺いました。


井上 まず、「哲学プラクティス」という言葉に耳慣れない人も多いと思います。どういった活動なのでしょうか。

安本 おもに対話という方法をもちいながら哲学的なテーマについて共同で探求する実践を「哲学プラクティス」と呼んでいますが、活動の形はさまざまです。わたしは主に「こどもの哲学」や「哲学カフェ」を、学校や職場、地域の集まり、医療現場や福祉施設、美術館や博物館などで実践しています。

哲学プラクティス連絡会は、日本国内における哲学プラクティスの実践者・研究者が集まり、お互いの活動を報告し、情報を交換し合うことによって、哲学プラクティスを豊かで実りの多いものに発展させていくことを目的として立ち上げられました。

重要なのは、これは学者が研究発表する学会ではないということ。哲学対話に関心を持つすべての人が集まり、相互に交流と親交を深めようとする連絡会なんです。

井上 さきほど出てきた「哲学カフェ」と「子どもの哲学(P4C)」の違いについて教えて下さい。

安本 まず、出自が違います。「子どもの哲学」はアメリカのマシュー・リップマンが提唱し、世界各国で実践されています。日本の実践の多くはハワイスタイルで行われています。一方、「哲学カフェ」はフランスのマルク・ソーテがたまたまそこにいた人達と話したことから始まり、世界中に広がりました。

やり方の違いもあります。日本でおこなわれている多くの「子どもの哲学」では車座になり、コミュニティボールという道具を使います。

井上 大人の哲学カフェとは雰囲気が違いそうですね。

安本 哲学カフェではカフェのテーブルを使用するため、身体の半分が隠れます。カフェ以外の場で開催したり、車座になって行ったりする哲学カフェも多くあります。どこでやるのか、誰とやるのかで様々なやり方があり、みなさん工夫をされて実践されていますが、共通点は、どちらも哲学的な対話を重視しているということです。

井上 安本さんは福岡や京都、大分の高等学校で哲学対話をされているそうですね。コミュニティボールの効果について教えてください。

安本 コミュニティボールの使用はわたしにとってとても大切だと感じています。ボールを持つ人だけが話すので、誰にも話を遮られずに発言できる環境を作れるんです。

ボールという視認性のいいものをコミュニティのシンボルとして扱うことで、そのボールを持っている人は話す、持っていない人は聞くというふるまいがそこに共有されます。

井上 子どもと大人では、対話の仕方に違いがありますか?

安本 実は、子どもたちの方が大人よりも他人の話をよく聞くんです。人の話を聞かずに自分が喋りたいとはなりにくい。これは、他者に興味があり、探究心があるからだと思います。

わたしにとって大人の哲学対話には難しさがあります。自分の「喋りたい」「認められたい」という欲求を抑えるのが上手ではない人が大人には多いと感じるからです。そういう時は、ほかの人の話をよく聞いていないことが多いように思います。

私は、「こどもの哲学」を通じて、他者の話はおもしろいと感じる機会をできるだけ多くつくりたいと考えています。上手に話すことよりも、聞く、こちらの方が重要なんじゃないかと考えています。

井上 今回の大会のキーワードのひとつに「ひらかれた場」があります。

安本 「ひらかれた場」とは、「誰でも来ていいよ」ということですが、実際にはいろんな“壁”がありますね。

物理的な障壁を挙げるとしたら、開催場所が雑居ビルの2階でエレベーターがなければ、足腰の弱い方には厳しい。聴覚障害者が参加するなら、手話通訳が必要かもしれない。そういったことは、案外想定されていないように感じます。

井上 たしかに「ひらいているつもり」では届かない部分も多そうです。

安本 “常連の雰囲気”が障壁になることもあります。共通の言語や関係性ができていると、初めて来た人は入りにくい。「ここにいていい」と感じられるには、物理的な環境だけでなく、心理的にも壁がないことが必要なんですよね。

しかしそれでもまだ十分ではありません。環境を整備して障壁を排除しても、そもそも多くの人が「行きたい」と思える場でなければならない。そのためには何が必要なのかについて考えています。

井上 今年はプレ企画として、7回のトークセッションを開催されているそうですね。

安本 はい、第一回は、社会福祉士でNHKeテレ「バリバラ」のご意見番でもお馴染み、玉木幸則さんを迎えました。タイトルは「その“気ぃつこた感”って誰得?」。いわゆる“配慮したつもり”が、かえって相手を傷つけたり、ズレてしまったりすることってありますよね、という話です。

これは実際に玉木さんが体験されたことなのですが、福祉系の大学で講義された直後にも関わらず、学生さんから真面目に受けた質問の多くに悪気のない、無邪気な差別的前提があったり、「弱者」としてのきめつけがなされた発言がみられたりというエピソードを聞かせてくださいました。この「エピソード」と、「初めて来た人は入りにくい」という話は、一見、別の次元の話のように思われることも多いですが、同じ話だと思うんです。

井上 耳が痛い話です……。

安本 今思えば、私自身、たくさんやらかしてきました。だからこそ、「ここにいていい」とより多くの人に思ってもらえる場をどうつくるか。それを本気で考えはじめたところです。

井上 最後に、今回の哲学プラクティス連絡会について教えてください。

安本 9月20日・21日開催の第11回哲学プラクティス連絡会大会では、「ひらかれた場」について、哲学対話やこのテーマに関心のある参加者同士が経験を共有し、共に考える機会となりますように大会委員と準備を進めております。哲学対話に興味のある方、地域での活動を考えている方など、どなたでもご参加いただけます。詳細については、こちらのHP(https://philosophicalpractice.jp/)をご覧ください。皆様のご参加をお待ちしています!

井上 真花(いのうえみか)

井上 真花(いのうえみか)

有限会社マイカ代表取締役。PDA博物館の初代館長。長崎県に生まれ、大阪、東京、三重を転々とし、現在は東京都台東区に在住。1994年にHP100LXと出会ったのをきかっけに、フリーライターとして雑誌、書籍などで執筆するようになり、1997年に上京して技術評論社に入社。その後再び独立し、2001年に「マイカ」を設立。主な業務は、一般誌や専門誌、業界紙や新聞、Web媒体などBtoCコンテンツ、および広告やカタログ、導入事例などBtoBコンテンツの制作。プライベートでは、井上円了哲学塾の第一期修了生として「哲学カフェ@神保町」の世話人、2020年以降は「なごテツ」のオンラインカフェの世話人を務める。趣味は考えること。

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