【隠居の書棚】 #01 『屍人荘の殺人』今村昌弘 

◆特殊設定についてばらす

 『屍人荘の殺人』は、2017年度の4大ミステリ賞をデビュー作で総なめにし、以後常に書店にうず高く積まれ、来月(2019年12月13日)からは映画が公開されるという、話題の作品である。
 この作品が大きな話題になった理由のひとつに、そこに投入された「特殊設定」が功を奏したのは間違いない。ところが単行本の腰巻きには「ネタバレされる前に読んで!!」と大書されており、実際カバー袖のあらすじにもそれの具体的な言及は避けられている。

 それだけではない。数々の人気作家たちの推薦文や書評、アマチュアのレビューのほとんどがその「特殊設定」について一様に口をつぐんでいる。映画の宣伝でも、不自然なほどまったく触れず、先日映画館で観た予告編は、タイトルがなければ『屍人荘』であることに気が付かないような、ライトでファニーな作品にしか見えなかった(わざと?)。誰かが音頭を取ったわけでもないのに(たぶん)、長らくそれについてバラす人をみかけない。信じられないような、お行儀の良さである。
 この現象は昨年大ヒットしたインディー映画『カメラを止めるな!』でも体験した。「何も聞かずにとにかく観てくれ!」という言葉だけがネットを飛び交った。この映画は確かに、何か一言でも話すと即ネタバレになり、興趣を削ぐ可能性のある「仕掛け映画」であったから、期せずして全員が共犯関係になったのも賢明な行動であったように思う。
 だが、『屍人荘の殺人』はどうだろう? あの特殊設定はばらされては困る「ネタ」なのだろうか? そのネタが判った途端に、この物語を読む醍醐味はなにか削がれるのだろうか?
 もちろん、全くそんなことはない。あれは物語を形作る単なる枠組みであって、むしろ「この作品はこういう趣向でやるよ。面白そうでしょ? 読んでみて!」と、本来積極的に打ち出すべきものだったとさえ思えるのだ。
 「孤島に集められた十人が、マザーグースの歌詞通りにひとりひとり殺され、誰もいなくなる」とか「雪に囲まれて足跡ひとつない完全密室の離れで、琴がかき鳴らされる中、新婚初夜の夫婦が日本刀でめった切り」といった、その作品ならではの魅惑の設定を「ネタバレ」と言う人はいないだろう。
 にも関わらず、この作品に限っては、行き過ぎた(あるいはズレた)気遣いが、本来「売り」になる惹句や、面白さを語る機会を奪ってしまった感さえある。もはや同調圧力に近い。
 この作品は、断じて特殊設定の奇抜さで、読者を驚かせることを目的に書かれたものではない。特殊設定は新ルールを前提に、新しい謎を生み出すための装置にすぎない。
 だから言ってしまおう。『屍人荘の殺人』は「ゾンビ襲来で形成されたクローズドサークルで展開する連続殺人」を扱ったミステリだ。

◆初心者にも優しい、王道本格の見本

  昔はB級映画や自主映画のネタでしかなかったゾンビは、今やハリウッドの大作映画や人気海外ドラマ、ゲームや漫画やコスプレの世界で本気で、あるいはパロディとしてもてはやされ、最も人気のあるキャラクターアイコンのひとつだ。先述の『カメ止め』もそれを前提に作られた映画であった。
 そんなアイコンを本格ミステリに加えたことで「面白そうだから読んでみよう!」という層もいるだろうが、「そんなお手軽な安直ネタで人を釣ろうとは、近頃の本格ミステリは志が低すぎる!」と眉を顰めるむきもあるだろう。僕のことだ。タイトルや、腰巻きの選評などから特殊設定がゾンビであることを察し、偏見に満ちた烙印を早々に押して、手に取らなかったのである。そんな頭の固いクソジジイがいるから、あえて明かさなかったのだと言われると、一言もない。
 そのうちに内容の評判が聞こえ始め、結局手に取ることになったが、読み始めた当初は、不安が的中した気がして心が曇った。
 美女とチャラ男が揃った大学生グループの夏合宿(B級ホラーの定番)。そこに加わるミステリ愛好会の自称名探偵とワトソンくん。さらに警察にも一目おかれる本物の美少女名探偵…。登場人物たちの属性のラノベ臭さときたら!しかも、肝試しの最中に襲ってくるゾンビ軍団。それに追われてホテルに立てこもる登場人物たち。もう、安物ゾンビ映画そのもので、ミステリ的な香りなんて全然しないのだ。
 ところが、一旦ホテル内の殺人が始まると、カメラはそこに焦点をあわせ、離れなくなる。ゾンビはクローズドサークル形成の道具として背景にまわる。
 ホテルの外ではゾンビが獲物を狙って押し寄せる、非常識なトンデモ超常現象が勃発しているのに、内側では人間の意思による殺人が着々と進行する。探偵たちはあくまで「常識人として」内側で起きている殺人の謎を、理詰めで検討し、疑問点を列挙し、丁寧にディスカッションを重ね、論理を武器に事件に立ち向かっていくのだ。ゾンビと闘う非現実感を織り交ぜながらも、あくまでも端正すぎるほど端正な、本格ミステリ的手順を積み重ねていく。 作者はゾンビパニックの恐怖を描くことを、この小説の目的としていない。だから、これでいいのだ。
 そして、本格ミステリのマニアも納得させるであろう、見事な手さばきが続くが、作者の筆はそんな読者だけに向けられているわけではない。
 探偵たちの口を借りて、本格ミステリに特有の決まりごとやタームを懇切丁寧におさらいしてくれる。それだけではない。物語の途中で、多すぎてこんがらがりそうな登場人物たちを一度整理し、名前とそのキャラクターの特徴を結びつけて「覚え方」まで伝授してくれるという親切さなのだ。ありがたくて、もう涙が出そうになりましたね。
 この本が、たとえ読者にとって初めて手にとった本格ミステリだとしても、置きざりにしないという作者の意思がはっきりと判る。一見、ゾンビなんて特殊な設定を取り入れた「こじらせ系ネタミステリ」に見える。しかしこれは、初心者の入門編や教科書にさえなりうる、間口の広い本格ミステリの王道を書こうとしているのだ。そのことに気づいたときは感激した。
 真相も、無理やりな意外性を求めていない。それまでに無数に張り巡らせた手がかりを回収して解釈しつつ、犯人になりえない人間をひとりひとり順に消していき、最後に残った一人をあぶり出す「消去法推理」が用いられている。クイーンの『フランス白粉の謎』や『Zの悲劇』で展開された高度なメソッド(実作が少ない=難しい)だ。びっくり箱的真相の意外性よりも、真相を暴く「過程」の面白さとサスペンスを、知的にじっくり堪能させようというのだ。ニクいねえ。
 まあ、消去するための手がかりのキレがいささかもの足りないような気もするし、叙述トリックめいた部分が逆に邪魔になったようにも思うが、そこまで求めるのは贅沢だろう。

◆特殊設定はフェアプレイを阻害しない

 さて、先に「ゾンビはクローズドサークルを作るための道具」なんて書き方をしてしまったが、これは言い過ぎ。主人公たちを刻々と追い詰めるサスペンスにも寄与しているが、もちろん殺人事件のトリックにも全面的に関連している。犯人はゾンビを凶器として使用するのだ。
 ここはあまり詳しく言うと、それこそネタバレになるので口を濁すが、ただそういうスーパーナチュラルなものが事件に絡んでいるからといって、読者の知らないゾンビの特性が解決編になっていきなり出てきたりはしない。知っておくべきゾンビの性質は、すべて前もって明確に提示されている。そのあたりのフェアプレイ精神は信用していい。

◆第二作は続編であり、特殊設定が登場し、やはり傑作である

 スーパーナチュラルな特殊設定が出てくる本格ミステリ(SFミステリ)は、現代では決して珍しくはない。西澤保彦は初期作の多くで作品ごとに驚くような設定(とそこから生まれた謎)を繰り出しているし、近年は多くの有名作家が手掛けていて『折れた竜骨』のような名作も多い。巨匠アシモフのロボットものSFは、同時にハイクオリティな本格ミステリだ。
 だから、『屍人荘の殺人』の特殊設定だけがなぜここまで「ネタ」扱いされ秘匿されたのか不思議なのだが、ゾンビというキャッチーなアイコンであったことが大きいのだろう。
 デビュー作がこれほど話題になり、評価されてしまったのだから、作者のプレッシャーは想像を絶する。ところが、今年(2019年)第二作目の『魔眼の匣の殺人』を無事上梓し、これも素晴らしい出来だった。

 一作目から続くシリーズとして、新たなスーパーナチュラルな特殊設定がひとつ配置されている。「絶対に実現する死の予言」である。『屍人荘』のゾンビ襲来は本来の殺人者の意思とは関係なく起きた事象であるのに対し、『魔眼の匣』では殺人の発生自体がこの予言の存在と密接に関係があり、特殊設定を取り入れた本格ミステリとして、より完成度が高まっている感さえある。
 クローズドサークルでの殺人という「自分も濃厚に疑われる状況で連続殺人を犯す愚」という、これまで誰もが見て見ぬ振りをしていた問題を中心の謎に据えて、驚きの「ホワイダニット(なぜやったのか)」を展開してみせるのだが、その一番のサプライズの答えを中盤にさらりと開陳してしまう。
 僕は「もったいないな」と思った。しかし、その「狂った論理」の面白さは一面とても突飛なだけに、解決編になってから突然明かすと、一部の読者から「そんな屁理屈、納得できん!」とキレられるリスクがある。それを避けるための工夫だったかもしれない。そう、二作目だからといって「たとえこれが初めての本格ミステリ体験でも置き去りにしない」という思想を捨てない作者の潔さが、ここで出たのかも…。
 …なーんて、完全に僕の妄想だけどね。

◆牽強付会のブックガイド

 特殊設定ものについては先にちょろりと書いたので、ここは「刻々と迫る外的危機がクローズドサークルを生み、命を脅かされ続ける」名作を紹介する。このタイプは、おそらく珍しいのではないか。
 『シャム双子の謎(秘密)』(エラリークイーン)は、山火事に追われて逃げ込んだ館で殺人が起こる。炎に追い詰められて逃げ込んだ最後の地下室で、次の瞬間の死を覚悟しながら謎解きが行われるサスペンスは、『屍人荘』に共通した味わいだ。
 状況だけでなく登場人物の属性に共通項が多いのが『月光ゲーム』(有栖川有栖)。大学生のグループが火山噴火で、キャンプ場に孤立する中で殺人がおきる。危険な脱出行で真相が暴かれる。90年代のクイーンと言われた作者のデビュー長編。「読者への挑戦」あり。

 ちなみに、『屍人荘の殺人』文庫版の解説は有栖川が書いており、この小説の魅力(と業界事情)を余すことなく完璧に伝えているので、このコラムを大変書きにくかった(笑)。途中で「この先読むとネタバレあるよ」という注意書きがあるが、本当の「ネタバレ」はないので、安心して全部読んでおススメされちゃってください。

白井 武志

投稿者プロフィール

模型会社「海洋堂」で企画制作/造形家として30年勤め、退職後琵琶湖のほとりに移住して、余生は釣り(トップウォータールアーによるバス、タナゴ)をして過ごす隠居。パソコン通信時代を知るネットワーカー。PCの海外RPG、漫画、海外ドラマ、本格ミステリなどを少々嗜む。

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