【週刊ポッドキャスト生活】#03 日本ポッドキャスト業界のトラウマ

前回までの記事では、スマホやSNSの普及で音声メディアが復興の兆しをみせた欧米と、「聴く文化」が弱いため遅れをとってしまった日本を比較しました。それも2~3年ではなく、7年も遅れてしまったんですね。その理由をもう少し補足すると、タイミングが悪かったということがあります。

2005年~2006年にYouTubeなどの動画共有サービスが人気を伸ばしてくると、ポッドキャスト人気は徐々に勢いを失っていき、2008年頃からポッドキャスト関連サービスの撤退がみられるようになりました。これは、日本だけではなく欧米も同じ状況でした。

日本では、2008年にJストリーム社が運営する「castella」が終了。ニフティがブログサービス「ココログ」へのファイルサイズを1MB(1GBではありません)に制限したため、実質ポッドキャストはできなくなりました。

2009年には「Yahoo!ポッドキャスト」、「Caspeee(キャスピィ) 」などポッドキャスト関連サービスが続けて終了し、人気番組「聴く日経」が有料化に転じ、企業がポッドキャストを運営する難しさが露呈しました。

2011年にはニフティが、ポッドキャストのポータルサイト「Podcasting Juice」を閉鎖するとともに、ポッドキャスト配信のためのツール「podfeed」を終了。

しかし一番大きかったのは、日本国内最大級の音声ブログポータルと呼ばれていた「ケロログ」の騒動です。「ケロログ」は2005年2月に開始したサービスで、音声ファイルのアップロードはもちろん、電話回線を使って電話をかけたときの音声を登録することも可能としました。スマートフォンが登場する前からモバイルに対応した画期的なサービスで、利用者も多かったと思います。

その「ケロログ」が、2012年頃からシステムの不具合が目立つようになってきます。メンテナンスが頻繁に行われますが、障害やトラブルが続き、なかなか不調が解消されず、2012年9月には運営者が企業から個人へ変わりました。

これで快方に向かうかと思いきや、その後も不具合は続き、特別なアナウンスもないまま2016年にサイトへのアクセスができなくなってしまいました。

そして、同じ2016年には人気のポッドキャスト番組を擁していたTBSラジオが、サーバー費用の増大などを理由にポッドキャストを撤退し、独自の音声配信アプリの開発を始めました。

国内でのポッドキャスト配信を牽引していた「ケロログ」の長くにわたるトラブルや、人気番組のポッドキャストからの消失は、日本ポッドキャスト業界に大きなインパクトを与え、それがトラウマになってしまったのです。

広がる欧米との格差

2012年以降、日本のポッドキャスト業界が徐々に衰退に向かっていき、2016年には終末を迎えた空気感がありました。ポッドキャスト・サービスの引っ越しも容易ではないため、ケロログを使っていたユーザーの中には、これを機に配信を止めてしまった人もいるようでした。

このときの経験から、ポッドキャストが企業にとって負担が大きい事業であるというイメージを大きく植えつけてしまうこととなりました。趣味で配信する人がいるとしても、企業利用は少なくなり、ポッドキャスト配信サービスもSeesaaブログのみとなってしまいました。

企業利用やポッドキャスト配信サービスが減ると、やはり業界全体としては動きが鈍くなります。それで「音声メディアは終わってしまった」という雰囲気になっていたのではないでしょうか。

これとは反対に、欧米では2014年頃からポッドキャストが再注目され始めました。欧米での音声メディアの人気を見ると、日本国内の状況はまるで嘘のように感じたことを覚えています。

アメリカでは、NPR(National Public Radio)というアメリカの非営利・公共ラジオ局が赤字続きで運営が危ぶまれたのですが、2013年以降、ポッドキャストによる広告売り上げが増加し、2015年には前年比で2倍となりました。「ポッドキャストが瀕死のラジオ局を救った」というニュースを目にしたとき、日本のポッドキャストに対するイメージと、欧米とのポッドキャストに対するイメージが、どんどんかけ離れていっていると感じました。

欧米では、ポッドキャストや音声メディアの人気が高まっているというマーケティング・データが出ています。しかし、日本では全く違う状況でした。私は「それでも近いうちに日本も状況が変わるだろう」と期待していましたが、「ケロログ」の長いトラブルと後味の悪い幕引きによるトラウマが重くのしかかり、一向に上向きになる兆しは見えませんでした。

ダークホースの到来

2004年に生まれたポッドキャストは、翌年2005年、Appleが対応したこともあり、日本にはその1年後、つまり2005年に第一次ポッドキャストブームがやってきました。

その後、日本が暗黒期を迎えているなか、欧米では第一次ブームを越える第二次ブームがやってきました。しかしそのブームは日本には全く届かない状況で、それから7年もの長い年月がかかってしまいました。

では、一体なにがこの風向きを変えたのでしょうか。意外なことに、それはポッドキャストでも独立系の音声配信サービスでもなく、音声SNSでした。もちろん、似たサービスはすでに国内にもありましたが、「招待制」でiPhoneでしか利用できず、音声は一切録音されないClubhouse(クラブハウス)というダークホースが登場したのです。これによって音声メディア全体が注目を集めることになり、ポッドキャストもまた再注目の兆しが見えてきました。

海外のポッドキャストに関するニュースや、新しいサービの登場も打破できなかった日本の状況が、Clubhouseという音声SNSによって一気に変わっていったのです。

次回は、この音声SNS「Clubhouse」がどういうものか。なぜ日本でもブームになったのかについてご紹介します。

【チームマイカ】佐藤新一(ポトフ) 

投稿者プロフィール

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佐藤 新一

2005年から配信する古参ポッドキャスター 。
2021年から日本ポッドキャスト協会の会長となりポッドキャストの普及に努める。

Whizzo Production 代表。広告代理店の営業や企画制作会社のWEBディレクターを経て独立。WEB制作・ポッドキャスト制作やライター業などを行う。
座右の銘は「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクション」。

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