【隠居の書棚】 #02 『medium[メディウム] 霊媒探偵城塚翡翠』相沢 沙呼

 第一回のコラムで「特殊設定」について触れたが、近年、特殊設定とそれが生み出す新ルールによる謎を描いた本格ミステリは、かなり多い。もはやブームといっていいかもしれない。『屍人荘の殺人』の大ヒットで、ますますその傾向が強くなることも考えられる。今回紹介するのは、そんな時代だからこそ誕生した、今年一番の問題作である。
 前回のコラムで『屍人荘の殺人』はマニアックに見えて、実は本格ミステリ初心者大歓迎の優しい物語だと言った。逆に『メディウム』は、もろにマニアを殺しにきた作品である。とはいっても、読みにくかったり、難解だったりするわけではない。まったく逆だ。
 作者は手練れのマジシャンだという。たとえ初見の観客だって、純粋にその手さばきに酔うことができるだろう。ただマジックの原理をひと通り知ってるつもりのマニアは、不可思議現象に酔うだけでは済まずに、タネを見破ろうとし、それを見破ったとほくそ笑むかもしれない。だが、そんな心理を逆手にとられ、結局鼻柱をへし折られるだろう。イタタタ。

◆特別なご注意

 そんな作品なので、紹介するのも慎重になる。せっかくの作者の仕込みを、台無しにするわけにはいかない。かといって、内容を何も知らせずに、どこの馬の骨ともしれぬ隠居じじいに「いいから何も聞かずに黙って読め」と言われても、その気にならないだろう。そこで、ちょっと提案だ。この先、ネタバレを防ぎ、謎解きの興趣を削がないように、僕の文章に嘘が交じる。嘘と言っても本に書かれてないようなことを、デタラメに書くというのではない。
 例えば、変装で男に化けている女性キャラクターがいて、それを作者は隠しておきたいとする。しかしその人物のことを、作者が地の文で「彼」と書くのはアンフェアだとされる(もちろん登場人物が「彼」と言うのは何の問題もない)。でも、これから書く僕の紹介文の中では、そのキャラのことをあえて「彼」と書いてしまおうと思うのだ。そうしないとぎごちない文章になって、いろいろバレちゃう可能性があるから。そういう意味での善意(?)の嘘がまじり、かなりアンフェアな文になることを、ご了承いただきたい。『メディウム』読了後にどこが嘘なのか、チェックすると面白いですよ?

◆本書の特殊設定

 メディウムと聞くと、アクリル絵具に混ぜるジェル状のものを思い浮かべる人も多いかもしれないが(僕がそうでした)、もともと「媒体、媒介するもの」という意味を持っているらしい。そう、城塚翡翠は霊界と現世をつなぐ霊媒である。死者を自らに降ろして語らせることができるし、殺人を犯した人間が放つ「におい」を嗅ぎ取ることもできるという。だが、その能力は万能ではなく、たとえば殺人がおきたその場所に立たねば死者の声を聞けないし、たとえ降霊に成功しても、被害者は殺害時のショックでほぼ恐慌状態で、断片的にしか状況を語ってくれないのだ。そして降霊は、その後の彼女の精神に強烈なダメージを与える。殺人者の「におい」も、相手が殺人に罪悪感などをまったく抱かないサイコパスだった場合、感じ取ることが困難になる。だが、殺害時にその場にいた者にしかわからない手がかりを「視る」ことができるのは、彼女にしかできない能力なのだ。
 視点人物である若きミステリ作家の香月は、当初、彼女に対して懐疑的だった。しかし、彼女の起こす奇跡を目のあたりにして決意する。彼女が断片的に語る「霊視」を手がかりに、論理的に推理を組み立て、真相をあぶり出そうと。神秘性を纏っていても、実は精神的にもろい翡翠の保護者として。彼女の特殊能力ゆえの責任の重荷を少しでも軽くする騎士として。
 こうして、美少女霊媒師とミステリ作家の探偵コンビが誕生する。この本は彼らが遭遇する4つの事件を、霊視と論理で解決していく物語だ。

◆霊視を論理に変換する

 霊媒なんだから、被害者を降霊して犯人を聞いたら終わり……では本格ミステリにはならない。まあ、そこにはいろいろ制限があって、それを乗り越えていかねばならないのだ。警察の知らない、霊的なものの断片を翡翠が「視て」、それを香月が論理的に構築しなおし、真相を推理した上で、警察を納得させうる物的証拠を探しださねばならないわけだ。この面倒な手続きが、逆にめっぽう面白い。
 第一話では、殺された被害者が、生前何度も夢に見たというバンシー(泣き女)が登場する。果たしてバンシーは、被害者の死を予言して泣いていたのか? 妖精は未来予知ができるのか? この疑問を考察する場面が面白い。いるのかいないのかわからないものに論理をあてはめ、なにかを導きだそうとするシーンにゾクゾクする。こういう推理が成立するところが、特殊設定ものの面白さなのかもしれない。
 第二話は館ものだ。容疑者は三人。実は、読者がそんな情報を知るより前に、なんと2ページめで犯人の名がわかってしまう。翡翠が殺人者の「におい」を嗅ぎ取ったのだ。しかし、霊能者がそう言ったからという理由で警察は動かない。あとの二人が犯人ではないことを証明する必要がある。翡翠が幻視した夢をもとに、香月が容疑者三人の殺人の夜にとった細かな行動を導き、それを実際の現場の証拠とすり合わせて警察を説き伏せる論理に組み上げるシーンは、「推理のプロセス」を味わう興奮をたっぷり与えてくれる。
 第三話は女子高生を次々と狙うシリアルキラーの物語。論理的推理よりも、友人になった女子高生を殺害されて慟哭する翡翠の様子が印象的。
 四話目は、プロローグで予告された(この物語を貫く縦糸である)、連続殺人鬼との対決である。異常なほど用心深い殺人鬼は、殺害場所を特定させない。犯行現場に立たねば降霊を行えない翡翠は、手の打ちようがないままだ。逆に、殺人鬼は彼女のことを察知する。翡翠が当初から感じているという「妨げようのない死の予感」に向けてストーリーは容赦なく進み、ついに殺人鬼との直接対決の時がやってくる……。
 ここで繰り出される「本当の、ものすごい能力」が、特殊設定ものに溢れた現代においても、この作品を「特別な地位」に押し上げる。それがなにか?は、この作品を最後まで読んで味わってくれとしか言いようがない。

◆言わずもがなの付け足し

 さて、嘘混じりの文章はここで終了。
 マジックショウは、不思議現象に気持ちよく騙されるのを楽しむものだ。タネがないか厳しく見るのは構わないが、タネを見破れるかどうかをマジシャンと勝負するものではない。
 そのことを忘れた無粋な観客にも、この作品は衝撃を与えるだろう。作者はなかなかイジワルである。

◆牽強付会のブックガイド

 本格ミステリ作家でありマジシャンという作家は何人かいるが、最も有名なひとりが泡坂妻夫だろう。奇術自体をテーマにした傑作もあるが、今回はこちらをご紹介。
 『ヨギガンジーの妖術』。天下の奇書として名高く、近年リバイバルヒットした『しあわせの書』でも活躍する、怪しげな名探偵ヨギガンジーが初登場した短編集。ようやく復刻したので、早めに押さえておいてほしい。最近はすぐに文庫が絶版になる。
 『妖女のねむり』。初めて読んだときのめくるめくような物語の反転ときたら!泡坂イリュージョンの極北として僕のお気に入りの一冊。輪廻転生にまつわる妖しくも不思議で、とびきりの驚愕が待つ物語。写真はハルキ文庫版だが、今は創元推理文庫から電子版も出ている。

白井 武志

投稿者プロフィール

模型会社「海洋堂」で企画制作/造形家として30年勤め、退職後琵琶湖のほとりに移住して、余生は釣り(トップウォータールアーによるバス、タナゴ)をして過ごす隠居。パソコン通信時代を知るネットワーカー。PCの海外RPG、漫画、海外ドラマ、本格ミステリなどを少々嗜む。

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