『名画でわかるヨーロッパの24時間』(ヤスダコーシキ)という本を、寝る前に少しずつ読んでいる。時代ごとの暮らしを名画から覗いていく一冊だ。読み進めるうちに、僕はやたらと「何かを食べている絵」ばかりで手が止まる自分に気づいた。食い意地が張っているのかもしれない。でも、そこから思いがけず遠くまで考えることになった。
豆を食べる男の前で
いちばん引き込まれたのは、アンニーバレ・カラッチの『豆を食べる男』だった。1580年代の風俗画で、木のスプーンで皿から豆をすくう農夫を、パンやネギ、半分ほど注がれたワインと一緒に描いている。寓意もなく、ただ男が豆を食べているだけ。それが当時としてはとても珍しかったらしい。
なぜ目が離せなかったかというと、たぶん、あんまりおいしそうじゃなかったからだ。豆、パン、野菜。肉が、ない。保存技術がろくにない時代だから、食べられるものは限られる。じゃあタンパク質はどうしていたのか——という僕の疑問には、ちゃんと本に答えがあった。魚や鳥、うさぎといった、狩りや漁でとれるものが主だったという。肉は「飼って得るもの」ではなく、「探しに行って捕まえるもの」だった。
翻って、いまの僕はどうだ。スーパーに行けば牛も豚も鶏も当たり前に並んでいる。畜産という仕組みが、肉を「探すもの」から「買うもの」に変えた。冷凍技術のおかげで、うどんもパスタも餃子も凍ったまま持って帰れる。カラッチの農夫からすれば魔法みたいな話だろう。豆の皿を挟んで眺めると、いつもの晩飯がずいぶんとんでもないものに思えてくる。
獲りたくても、獲れない
ただ、この便利さと引き換えに、僕らはひとつ手放したものがある。「自分で獲る」という選択肢だ。
以前、NHKの番組で服部文祥さんという登山家を見た。食料は米と調味料くらいしか持たず、おかずは山で現地調達する「サバイバル登山」を実践している人だ。荷物が減るのがいい、と言っていた。なるほどと思いかけて、でも待てよ、と思う。持っていく量は減るけれど、その分、獲物を探して山を歩き回らないといけない。登山道を線でたどるのではなく、獲物を探して山を面のように見るようになる、と本人も語っていた。楽になったというより、大変さの種類が変わっただけかもしれない。カラッチの農夫の切実さは、形を変えていまも山にある。
狩りといえば僕は「週末縄文人」というYouTubeが好きで、彼らはあるとき狩猟のために石を削って弓矢まで作った。ところが、日本の法律では勝手に動物を狩ってはいけない。調べてみると、鳥獣保護管理法が、原則として野生の鳥獣を捕らえることを禁じている。狩猟をするには免許を取り、登録をしたうえで、決められた種を決められた期間に決められた方法で獲る必要がある。空腹だから、では通用しない。漫画『黄泉のツガイ』でも、ユルくんが狩りをしようとして止められていたっけ。あれは正しかったわけだ。
もっとも、全面禁止というわけでもない。有害鳥獣の駆除や学術研究といった目的で、許可を受けて捕獲する道もある。ジビエが流通するのも、マタギが仕事を続けられるのも、この「許可を取れば獲れる」仕組みがあるからだ。自然の恵みはすぐそこにあるのに、勝手には手を出せない。手を出すには、免許か許可という鍵がいる。
誰のものでもないものを、誰かのものにする
ここまで来て、僕はもっと手前の疑問にたどり着いた。獲っていい・悪いを決める前に、そもそも獣が走っているその山は、誰のものなんだ。
いまの日本なら、その山には持ち主がいる。登記簿があり、境界があり、国が後ろ盾になっている。だから僕らは土地を「誰かのもの」として、疑いもせず売り買いする。でも、よく考えると妙な話だ。地面は誰かが作ったわけじゃない。ずっとそこにあっただけだ。それを人間が線で区切って、「ここからここまではあなたのもの」と決めた。決めたから、そうなった。
地球は誰のもの、と訊かれたら、たぶんみんな「誰のものでもないでしょ」と笑う。なのに、その地球の表面を細かく割った一区画には、ちゃんと持ち主がいる。全体は誰のものでもないのに、部分には持ち主がいる。
調べてみたら、この「持ち主がいる」という感覚は、そんなに古くないらしい。狩猟採集の時代には、そもそも土地を所有するという発想が薄かったという。持ち運べないし、そこに食べ物があるから採るだけで、「これは俺の土地だ」と言う理由がなかった。境界という概念がはっきりするのは、農耕が広まってからだ。種をまき、育つのを待ち、収穫する。長く同じ場所を確保しないと困る。だから、線が引かれた。
豆を食べるあの農夫は、ちょうどその境目あたりに立っている。狩りでうさぎを追っていた頃の名残と、畑に線を引いて豆を育てる暮らしと。彼の皿の上には、たぶん両方が乗っている。そして「勝手に獲ってはいけない」という今の僕らのルールは、この線引きの、ずっと先にある子孫だ。
地面は本物で、所有は信用でできている
じゃあ土地の所有って何なのかというと、突き詰めると「みんながそう信じている」以上のものではない気がしてくる。
誰のものでもないものを、誰かのものだということにする。そのルールを国が保証し、みんながそれを信じるから、売買が成り立ち、境界線が意味を持つ。信じるのをみんながやめた瞬間、所有権なんて煙みたいに消えてしまう。実体があるようで、それを支えているのは合意と信用だけだ。
これは、以前に書いた話とよく似ている。ゲームの中の経済や暗号資産について書いたとき、僕は「実体のない場所に、みんなで勝手に価値を見出して信じてみる」のが経済の正体じゃないか、と考えた。お金も実体はない。人が価値を信じ、その信頼の上に全部が乗っている。土地も同じ構造だ。ただ、ひとつだけ厄介なのは、土地には「そこに現に在る」という手触りがあることだ。お金や暗号資産は最初から実体がなさそうに見える。でも土地はどっしりそこにある。踏める。触れる。だから所有も当たり前に思えてしまう。でも、その触れる地面と、それが誰かのものだという事実は、まったくの別ものだ。地面は本物で、所有は信用でできている。
神々しいイノシシと、命を返すということ
所有って結局は人間の側の取り決めなんだな、と考えていて、ひとつの光景を思い出した。
だいぶ前、新潟をドライブしていたときのことだ。山と海がぐっと近づく場所で、大きなイノシシが山肌を爆走しているのを見た。ほんの数秒だったと思う。でも、その姿がやけに神々しくて、僕はしばらく何とも言えない気分になっていた。『もののけ姫』で乙事主(オッコトヌシ)が神として描かれていたのを、あのとき妙に納得した。あれは誇張じゃなかった。ああいうものを目の前にすると、人はたぶん自然に手を合わせたくなる。
その山には、登記簿の上ではきっと持ち主がいる。でも、あの走るイノシシは、自分がどの区画を走っているかなんて知らない。所有という線は、あの生き物の上を素通りしていく。線を引いて安心しているのは、僕らの側だけだ。
その「手を合わせたくなる感じ」の正体を、僕は後になって少しだけ教わった。北海道の白老にあるウポポイ(国立アイヌ民族博物館)と、北海道大学に立ち寄ったとき、アイヌの「クマ送り」を学んだのだ。アイヌにとってヒグマは、ただの獲物ではなく山の神=キムンカムイだった。狩りで得た獲物は「殺した」のではなく、肉や毛皮を土産に人間界を訪れてくれた神の魂を、感謝とともに神の国へ送り返す。イオマンテとは、そういう「魂を送り返す」儀式なのだという。獲るけれど、奪ったとは考えない。借りて、返す。そこにあるのは所有ではなく、循環だ。
現地でその話を聞いたとき、僕はあの新潟のイノシシを思い出していた。手を合わせたくなったのは、たぶん間違いじゃなかったんだと思う。
線は、あっちには見えていない
命を借りて返す、という作法が頭に残ったところで、最近のニュースを思う。
クマの出没が、もう当たり前になってきた。1990年頃からじわじわ増えていた出没は、近年いよいよ深刻になっている。クマの分布域はこの四十年ほどで大きく広がり、耕作放棄地が森に戻ることで、人とクマの距離はどんどん縮まってきた。親戚の叔母さんの家の近くでも、よく出るらしい。かつては人の住む場所とクマのいる山がきれいに分かれていたのに、いまはスーパーの裏や学校のそばにまで現れる。「クマは山にいる動物」というイメージのほうが、もう古くなりつつある。
要するに、山と里の境界が、曖昧になっている。でも、考えてみれば当たり前だ。その境界は、はじめから人間が勝手に引いたものだった。ここまでが里で、ここからが山。登記簿の上でも、頭の中でも、僕らはずっとそう区切ってきた。けれど、その線はクマには見えていない。イノシシにも、うさぎにも見えていない。動物にとって、土地の区切りなんて最初から存在しないのだ。線を引いて、その内と外を信じているのは、人間だけだった。
そう考えると、わからなくなってくる。獣を獲るのに許可がいると決めたこと。地面を割って誰かのものだと決めたこと。境界の内側を里、外側を山と呼んで安心してきたこと。ぜんぶ、僕らが「そういうことにしよう」と信じ合ってきた取り決めだ。よくできた、とても古い約束。
いま僕が座っている、この床の下にも地番がある。誰かの名前が登記簿に載っていて、その一枚の紙が、この地面を「誰かのもの」にしている。紙が信じられているあいだは、それは揺るがない。——僕らのあいだでは。その約束を一度も聞いていないイノシシが、今日もどこかの山を、区切りなんて知らない顔で走っている。