カルビーのポテトチップスを買った。パッケージが、塗装されていないものだ。黒いインクだけで刷られている。聞けば、石油の輸入が滞っているとかで、石油由来の塗料を減らしたパッケージなのだそうだ。最近はお店でも結構並んでいて、コンソメパンチやうすしおも、その黒一色の姿で棚に収まっていた。
色のない棚で、色を探していた
手に取ったのはコンソメだった。本当はうすしおがほしかったのだけど、これがなかなか見分けがつかない。
いつもの色付きパッケージなら、色を見れば一瞬でわかる。赤いとか、緑っぽいとか、青っぽいとか、その程度の認識で僕は商品を選んでいたらしい。あらためて気づくと、味の名前そのものより、色のほうを先に見ていた気がする。あまり意識したことはなかったけれど、色と商品って、思っているよりずっと深く結びついているのかもしれない。
便利さというのは、たいてい無自覚なところに潜んでいる。失ってみて初めて、自分がそれに寄りかかっていたとわかる。
色がたくさんあると、疲れる
一方で、色がいっぱいあると疲れるな、とも思う。
スマホの画面なんかは、その最たるものだ。そういえば昔、モノクロ液晶のHP100LXを愛用していた。あれはどれだけ画面を見ていても、不思議と目が疲れなかった気がする。
もっとも、これは色のせいだけではないのかもしれない。あの反射型液晶は、暗いところでは見えない。外や明るい室内じゃないと読めないから、そもそも「画面を見る環境」が今とは違っていた。今の液晶は画面そのものが光っているから、部屋が暗かろうが関係なく見える。だからつい、布団の中でも見てしまう。疲れるのは色のせいというより、いつでもどこでも見られてしまうこと自体なのかもしれない。
白黒でも、案外いける
そういえば、EインクのKindleは見やすい。最近はEインクを採用したスマホもあるらしい。動画なんかも表示できるのだろうか。ちょっと興味がある。
そんなことを考えていて、白黒でも結構いけるんじゃないか、という気がしてきた。テレビだって昔はモノクロだったし、写真もモノクロのほうがかえってかっこよく見えたりする。情報量が減るのは間違いない。でも、減ったぶんを補う何かが、たしかにある気がするのだ。余計なものがそぎ落とされて、目も疲れにくくなる。
iPhoneのアクセシビリティの設定をいじれば、画面をグレースケールにできる。少しのあいだ、それで暮らしてみようと思っている。色を一つ手放したとき、何が見えてくるのか。黒いポテトチップスを齧りながら、そんなことをぼんやり考えていた。