私の実家がある熊本県上天草市は、野鳥保護区として指定されています。カモメや鴨、かいつぶり、とんび、サギなど多種多様な野鳥がそこで暮らしていて、さながら鳥の動物園のよう。鳥が飛び交う姿を見ていると、飽きることがありません。

ある日、海上に一羽のカモメが浮かんでいました。そのカモメは泳ぐでもなく、飛ぶでもなく、ただのんびりと漂っています。「一体なにをしているのだろう」とつぶやくと、隣にいた父が「自分を鴨だと思っているんだよ。だからああやって、ずっと仲間が来るのを待っている」といいました。

父は毎朝、海岸を散歩しています。そのとき、このカモメをよく見かけたそうな。以前は鴨の群れの中にいて、カモメの群れがやってきても、その中に入っていかなかったとのこと。知らん顔して、鴨の中に居続けるのだそうです。父は「どういった経緯があったかはわからないが、おそらく自分のことを鴨だと思い込んでいるのだろう」と言いました。

鴨は渡り鳥です。この季節になると、北の方角に飛んでいってしまいます。だから、いくら待っていても仲間が来るはずはありません。それを知らない彼は、ああやって待ち続けているのでしょう。気の毒だと思いますが、それを知らせる術はなく。言葉が通じるのであれば「鴨たちは来年にならないと戻ってこないよ。だからカモメのところに行きなさい」と伝えたいところですが、たとえそう言ったところで「そんなはずはないよ」と無視されるでしょう。

彼の世界は、彼の中にあります。その世界の外にいる私がなにを言ったところで、彼の世界はなにも変わりません。むしろ彼のほうこそ、こんなことを思っているかもしれません。「あいつは自分を人間と思っているようだ。真実を教えてあげたいけど、きっとわかってもらえないだろう。ここは黙っておこう」。

井上 真花(いのうえみか)インタビュアー

投稿者プロフィール

有限会社マイカ代表取締役。PDA博物館の初代館長。日本冒険作家クラブ会員。

長崎県に生まれ、大阪、東京、三重を転々とし、現在は東京都台東区に在住。1994年にHP100LXと出会ったのをきかっけに、フリーライターとして雑誌、書籍などで執筆するようになり、1997年に上京して技術評論社に入社。その後再び独立し、2001年に「マイカ」を設立。

主な業務は、一般誌や専門誌、業界紙や新聞、Web媒体などBtoCコンテンツ、および広告やカタログ、導入事例などBtoBコンテンツの制作。

プライベートでは、井上円了哲学塾の第一期修了生として「哲学カフェ@神保町」の世話人、2020年以降は「なごテツ」のオンラインカフェの世話人を務める。趣味は考えること。ライフワークは「1000人に会いたいプロジェクト」

井上真花の公式ホームページはこちら

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