暑い。あまりにも暑い。
エアコンは入れている。でも日中はほとんど効いている気がしない。サーキュレーターと扇風機を総動員して、冷たいはずの空気を部屋じゅうに回しているのに、暑いものは暑い。7年前に引っ越してきたとき、エアコンは前の家からそのまま持ってきた。今になって思うと、この部屋の広さに対して、たぶん力が足りていない。
外に出るときは、保冷剤で首元を冷やし、ハッカ油入りのスプレーを服にかける。少しでも体温を下げようと、いろいろやっている。こんな夏の凌ぎ方を、昔の僕はしていただろうか。
そういえば、と京都議定書のことを思い出した。1997年に京都で決まった、あの温暖化対策の取り決めだ。あれって結局どうなったんだろう。汗をかきながら、なんとなく調べてみた。
守った国と、増えた世界
意外だった。日本もEUも、当時掲げた削減目標をおおむね達成していたらしい。約束は、守られていたのだ。それなのに僕は今、能力の足りないエアコンの前でぐったりしている。約束が守られたのに、なぜこんなに暑いんだ。
もう少し調べると、からくりが見えてきた。日本やEUは減らした。でもアメリカは批准しないまま離脱し、中国やインドはそもそも減らす義務を負っていなかった。結果、世界全体の排出量は増え続けた。
数人が真面目に片づけをしている横で、部屋全体はどんどん散らかっていった、みたいな話だ。しかも二酸化炭素は一度出すと何十年も空気に残る。昔こぼした分が、今の暑さにまだ効いている。誰かが約束を破ったというより、約束の輪がそもそも足りなかった、ということなのかもしれない。
「たった1℃」で納得しかけた
もうひとつ引っかかったのが、数字だ。日本の平均気温は、100年あたり1.4℃のペースで上がっているという。
正直、拍子抜けした。1℃ちょっと? この暑さの正体が、それだけ? しかも平均気温というのは最高気温の平均じゃなくて、夜中も明け方も全部ひっくるめた24時間の平均なんだそうだ。昼の一番暑い時間だけ見れば昔より数℃高くても、冬や春や涼しい夜と平らにならせば、そのくらいの数字に収まる。なんだ、「たった1℃」は暑さを薄めて表示した数字だったのか——と、そこで納得しかけた。
夏の夜だけ見たら、1℃じゃなかった
ところが、だ。夏だけを取り出して見たら、話がまるで違った。
2025年の夏、日本の平均気温は平年より2.36℃も高かった。統計を取り始めた1898年以来、いちばん暑い夏だったらしい。それでも、まだ足りない気がした。僕の体感では、子供の頃より5℃も6℃も暑い。朝方だって、昔は23℃とか24℃まで下がっていたのに、今は28℃のまま朝が来る。2℃やそこらの話じゃないだろう、と。
で、もう少し調べて、ようやく腑に落ちた。僕が覚えているのは、平均じゃなかったのだ。東京の8月の最高気温は、1980年代の平均が約30℃、2020年代は約33℃。40年で3℃ほど高くなっている。それでも「平均」で見ればその程度だ。でも、夜中も25℃を下回らない「熱帯夜」の日数を見ると、東京では長期的に右肩上がりで、今では夏のかなりの夜がそれになっている。昔は涼しい夜が当たり前で、暑い夜が例外だった。今はそれが逆転している。
僕の記憶にある「涼しい夜」は、平均に均されて消えていた。平均で見れば2℃か3℃の変化でも、その中身は「涼しい夜がそのまま少し暖かくなった」のではなく、「涼しい夜が丸ごと猛暑の夜に置き換わった」だった。だから記憶の中のいちばん気持ちいい朝と、今朝のぬるい朝を比べれば、差は5℃にも6℃にもなる。数字が僕を裏切っていたんじゃない。平均という物差しが、消えた夜と増えた夜を、同じ鍋で煮込んでならしていただけだった。
風鈴が効かなくなった
子供の頃、親が軒先に風鈴を吊るしていた。チリン、と鳴るたびに、涼しい気がする、と喜んでいた。実際に気温が下がるわけもないのに、あの頃はそれで本当に涼しくなった気がしていたのだから、不思議なものだ。
今、風鈴があってもどうにもならない。鳴っても、暑いものは暑い。気の持ちようで涼しくなれた時代が、確かにあった。でも今の夏は、気の持ちようが通用しない。結局この前も、耐えかねてコンビニでアイスを買った。それを食べて、ようやく涼しい感じがしてきた。涼を感じるのではなく、涼を買って、体を物理的に冷やさないと追いつかない。
風鈴で足りていた夏と、アイスでやっと追いつく夏。その間に消えたのが、あの涼しい夜なんだろう。
リビングにはもう一台エアコンをつけられる余裕があったから、ヨドバシカメラで注文した。設置はまだ先だけど、あれが来れば少しはましになる、と期待している。ただ、機械を一台増やして涼を買い足す僕の後ろでも、たぶん部屋はまだ散らかり続けている。約束は守られた。平均は、1℃だ2℃だと穏やかな顔をしている。それでも、風鈴の鳴っていたあの夜は、もう戻ってこない。