二人っていう数

レビュー&コラム

エスカレーターに乗ると、いつも左側に人が並ぶ。右側は、空いている。急ぐ人のためのレーンだ。今は「歩かないでください」「二列で立ち止まって」とアナウンスが流れているけれど、それでも右側はぽっかり空いたままだ。誰も乗ろうとしない。あの空白を見ていると、僕はいつも思う。日本人って、一度決めたやり方をなかなか変えられない種族なんじゃないか、と。

右側が空いたままの理由

考えてみれば、エスカレーターの片側を空けるルールなんて、誰かが法律で決めたわけじゃない。いつの間にか始まって、いつの間にか「そういうもの」になった。そして今、それをやめようと一生懸命アナウンスしているのに、やめられない。軽い気持ちで始めたことが定着してしまって、いざ問題が起きても、うまく微調整ができない。

いっそのこと、二人乗れる幅をやめて、全部一人乗りにして何本も並べたほうが効率がいいのかもしれない。でも、たぶんそうはならない。一度こうと決まった形は、そのまま残り続ける。

僕が最近、それと同じことを感じているのは、家族の話だ。

兄弟が七人いた時代

親世代は子沢山だった。ぼくの父の兄弟は八人、母は五人兄弟。今の感覚だと大家族だけれど、当時はそれが普通だったらしい。うちの母ですら「五人は少ないほうだよね」と言うくらいだ。

それがある時期から、子どもは二人に、という空気になった。戦後まもなく、昭和二十年代のことだ。人口が増えすぎることを心配した国が、家族計画を広める旗を振った。そうして、いつの間にか子どもは二人が当たり前になっていった。七人や五人だったものが、二人。三分の一、四分の一に減った。しかも今では、一人っ子だって少しも珍しくない。

でも、この「二人」という数が、後からじわじわ効いてくる。

家族という「システム」が動かなくなる

子ども二人は、やがてそれぞれ家を出て、新しい家庭を持つ。すると、残された親を誰が見るのか、という問いに、誰も答えられなくなる。八人兄弟なら分担できたことが、二人だと支えきれない。介護離職なんて言葉もある。仕事を辞めなければ親を看られない、というのはよく考えるとすごい話だ。

うちは、僕も妻も一人っ子だ。去年、天草で一人暮らしをしていた義父を東京に呼び寄せた。同居は難しくて、サポート付きの高齢者住宅に入ってもらっている。それが、うまくいっている。高度経済成長期をビジネスマンとして駆け抜けた義父は、年金が多い。その年金で払える施設で、三食ついて、医者も訪問してくれる。天草で一人で暮らしていた頃より、よほど手厚い。

でも、それを眺めながら思うのは、自分たちのことだ。僕ら世代は、たぶん同じようにはいかない。そんなに年金はもらえない。今うまく回って見えるのは、義父の世代が積み上げた土台の上に乗っているからで、僕らが年老いる頃には、その土台が痩せている。この状況すら、あと一世代分しか続かないのかもしれない。

大家族が崩れたあと、家族の人手はお金と制度が肩代わりしてきた。でも、そのお金も、いつまでもあるわけじゃない。なのに、なんとかなるという前提だけが、更新されないまま残っている。エスカレーターの右側が空いたままなのと、どこか似ている。始めたときは無理のない形だったのに、土台が変わっても微調整ができない。

誰かが飛び込めば、続く

じゃあ、どうすれば変わるんだろう。号令や正論でルールを塗り替えるのは、たぶん難しい。あれだけアナウンスしても、右側は空いたままなのだから。

ファーストペンギン、という言葉がある。氷の上をトコトコ歩いている姿は可愛らしいのに、一羽が海に飛び込んだ途端、あとの群れが一斉に続く。あの切り替わりは、見ていて気持ちがいい。エスカレーターの空いた右側に、平然と立ち止まる人が一人いると、次の人も続く。あれと同じだ。誰かが先に飛び込んでみせる。それくらいのことでしか、決まりきった形は動かないのかもしれない。

そういえば、鈴木大拙のこんな話を思い出した。大拙は禅を「ZEN」として世界に広めた仏教哲学者だ。その大拙が、悩みを抱えて崖っぷちにいる人に、あれこれ考えず「飛び込め」と言ったという。分別する前に、まず飛び込め、と。NHKの「こころの時代」という番組で、晩年の大拙に長く付き添った岡村美穂子さんが語っていたエピソードだ。

じゃあ、なんで飛び込まないんだろう。今日、友人と話していて、ヒントらしきものが出た。日本人は、人からどう見られるかばかり気にしている、と。言われてみれば、そうかもしれない。飛び込む前に、まわりを見てしまう。自分が浮かないか、笑われないか。分別する前に飛び込め、と大拙は言うけれど、僕らはまず、他人の目という分別から始めてしまう。最初の一羽になれないのは、勇気がないというより、背中に誰かの視線を感じているからなのかもしれない。

飛び込めば続くと、みんなどこかで知っているのに。トコトコ歩く群れを眺めながら、僕は今日も、最初の一羽を待っている。たぶん、隣の誰かも、同じように、こっちを気にしながら待っている。

秋葉 けんた

秋葉 けんた

IT系のライティングを担当。 書籍、雑誌、業界誌やWebコンテンツなど、コンシューマからB2Bまで幅広く執筆。また、広告やカタログ、導入事例といった営業支援ツールの制作にも携わる。年間におよそ200件の原稿を執筆。●これまでの主な仕事 PC/周辺機器(CPU/DVD・BD・HD DVD/LCD/プリンタなど)、基幹システム(CRM/ERP/SFA/SOA/帳票など)、ストレージ(SAN/NAS/LTO/SASなど)、セキュリティ(BIOS/UTM/情報漏えい対策/デザスタリカバリ/内部統制・コンプライアンス/ネットワークセキュリティ/メールセキュリティなど)、ネットワーク(KVMスイッチ/グループウェア/サーバ/資産管理/シンクライアント/ホスティングなど)、その他(.NET/BI/カタログ/各種戦略/導入事例/パートナー取材など)…ほか、多数執筆。●連絡先 メール:kenta@office-mica.com

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