「脳腐れ」という警告。AI依存が思考を奪う前に

ChatGPT

最近、「脳腐れ」という言葉を目にした。粗雑な情報や短い動画を延々と消費することで注意が散漫になり、思考が浅くなる現象を指すスラングだ。昨年、この言葉がオックスフォード英語辞典の「今年の言葉」に選ばれた。SNSを中心に広がった概念だが、AI依存の問題とも類似点があり、軽視できない。

もちろん、脳そのものが腐るわけではない。ただ、考えるための筋肉のようなものは、使わなければ確実に衰える。その傾向を裏づけるかのように、AIの使用が思考力にどのような影響を与えるのかを調べた実験も報告されている。

昨年の春、ペンシルベニア大学ウォートン校のシリ・メルマッド教授が、250人を対象に「健康的な生活について友人にアドバイスを書く」というシンプルな作文課題の実験を実施した。

参加者の一部には従来のGoogle検索を使わせ、残りの参加者にはGoogleが生成したAI要約のみを参照させた。その結果、AI要約を使ったグループの文章は「栄養をとりましょう」「睡眠を大切にしましょう」といった一般的で単調な内容にとどまり、多面的な視点や具体的な提案が乏しかった。一方、検索を使ったグループは、身体・精神・感情といった複数の要素を踏まえた、より深いアドバイスを作成していた。

この結果が示すのは、AIが人間から思考を奪うという単純な話ではなく、AI要約をそのまま受け取る使い方が、思考の幅を狭めてしまうという点だ。AIの登場によって、情報とどう向き合うかが、以前にも増して問われている。

若者のスラングだったはずの「脳腐れ」が、AIの文脈でも語られ始めたのはこのためだ。どちらも「受動的に流れてくる情報をそのまま受け取る」という点で共通しており、この姿勢が脳の働きを弱める原因になる。

ただ、ここで「AIが脳を弱らせる」と短絡的に結論づけるのは適切ではない。私は、この問題に関してAIそのものではなく、使う側の姿勢にあると考えた。しかも、その姿勢は個人の努力だけで身につくものではなく、教育環境や情報へのアクセスといった構造的条件にも影響を受ける。

では、AIとどう向き合えばいいのか。

まず、AIに質問を投げる前に5分だけ、自分で考える時間を作る。最初に頭を使うことで、脳が自分で考えるモードに切り替わるのだ。疑問点を書き出し、仮説を組み、思考の流れを整理する。短い時間でも、この脳の準備運動を行うことによって、思考の主導権を手放さずに済む。

そのうえで、AIに相談する。何度か対話し、文章を作るとしよう。このとき、出力をそのまま受け取るのではなく、どこか一箇所でも疑問点を見つけ、問いを投げる。「この前提は妥当か」「ここに抜けはないか」。軽い突っ込みでも、思考の主導権が自分に戻る。

そして、ここからがもっとも大切な作業だ。AIとのやり取りで得られた材料を、もう一度自分の言葉に戻し、構造を組み替えていく。この再構成の段階を省くと、どれだけAIを使っても思考力は育たない。

この再構成で活用されるのが、編集スキルである。編集とは、文章を整えるための作業ではない。情報を選び、どこに重心を置くかを判断し、意味の流れを再び組み立てるスキルだ。AIは素材を提供してくれるが、最終的な意味づけは自分の頭で行わなければならない。ここで脳がもっとも深く働く。

もちろん、こうした作法を自然に身につけられる人ばかりではない。デジタル格差や教育格差がある社会のなかで、AIの使い方にも階層差が生まれやすい。だからこそ、個人に任せるだけではなく、社会としてリテラシーを支える基盤が必要になるが、具体的にどうしていけばいいかはまだわからない。

それでも、自分の思考の手綱を離さず、編集的な再構成の姿勢を保ちながらAIと向き合えるなら、AIは脳を腐らせるどころか、むしろ鍛えてくれる存在になる。判断を委ねるのではなく、対話相手として扱うこと。その構えさえ崩さなければ、AIは思考力の衰えを招くものではなく、あなたの知的活動を支える相棒になりうるのだ。

井上 真花(いのうえみか)

井上 真花(いのうえみか)

有限会社マイカ代表取締役。PDA博物館の初代館長。長崎県に生まれ、大阪、東京、三重を転々とし、現在は東京都台東区に在住。1994年にHP100LXと出会ったのをきかっけに、フリーライターとして雑誌、書籍などで執筆するようになり、1997年に上京して技術評論社に入社。その後再び独立し、2001年に「マイカ」を設立。主な業務は、一般誌や専門誌、業界紙や新聞、Web媒体などBtoCコンテンツ、および広告やカタログ、導入事例などBtoBコンテンツの制作。プライベートでは、井上円了哲学塾の第一期修了生として「哲学カフェ@神保町」の世話人、2020年以降は「なごテツ」のオンラインカフェの世話人を務める。趣味は考えること。

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